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We Love The Earth(坂上)

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 男は僕の前に現れた。何の前兆も、予感もなく。

「君を連れて、行かなければならない場所がある」

 男はそう言って、呆然と立ち尽くす僕に手を差し伸べた。僕は何もわからないまま、男に投げかけるべき言葉を探した。

 

 

「それで、僕をどこへ連れて行くんだ?」

 僕は男に――宇宙人に性別があるのかはわからない。また仮にそれに準ずるものがあったとして、果たしてそれが男女として二分化できるものなのかもわからない。ただ、僕を宇宙船へと誘い込んだ宇宙人の姿は、地球上の成人男性、それも日本人そのものだった――そう尋ねた。宇宙船というのは僕が想像していたよりも遥かに無機質で、感情的なもの……いわゆるデザインの「遊び」といったものが一切感じられなかった。しかも宇宙船の中は嗅いだことの無い不思議な香りで満たされていた。

「君はこれから過去へ向かう」

 男は宇宙船のコンソールをせわしなく操作しながら、そう答えた。問答が通じるということは、彼らは僕たち地球人についてかなり詳しく調べ上げているようだ。といっても、生まれ持った動作の機微までは完全ではないらしく、ところどころ違和感のある動きも見受けられた。

「人間の首は百八十度回ったりしないよ」

「知っている」と男は言った。

「君はもう私の正体を知っている。わざわざ苦心して地球人の動作をコピーする必要はないと判断した」

「ふうん。……ここ、座っていい?」

「そこは水流性アルマトロンケーブルが通じている。足を休めたいなら隣のジャグゾーボックスの上にしてもらいたい」

「わかったよ」

 聞きなれない単語が出てくる。たぶん地球上のものではないのだろう。僕は腕を組んで、指示されたなんとかボックスの上に座った。

「どのくらいかかるんだ?」

「それは何を指している? 目的地に着くまでの時間か、それとも元いた場所に戻ってくるまでの時間か?」

「着くまでの時間」

「地球時間で計算するところの、およそ八時間だ」

「意外にかかるね」

「その間にいくつかの問題を解決しなくてはならない。君はそこに座っているだけでいい」

「そうは言ってもね。八時間も何もせずに退屈してろっていうのか?」

 僕がぼやくと、男の作業をする手が止まった。宇宙船の中で何かが唸る音だけが聞こえる。

「怒ったのなら悪いよ。あんたは僕を過去に連れて行くだけで精一杯なのかもしれないから。でもこんな座り心地の悪いところに八時間もいたら尻に穴が開いちゃうよ。それに腹だって減るし、眠くもなる」

「床ずれというものだな」男は言った。

「確かに、地球人にとって八時間というのはとても長い時間だ。それがほとんど無為なものなら、なおさらだろう。すまない。そこまでは考えていなかったのだ」

「せめて横になって眠れるならいいんだけど。ちょうどバイト帰りで疲れてるんだ」

「残念だが、ここには布団や毛布の類は一つもない。あれはいいものだが」

「食べ物とかは?」

「地球人の栄養になるようなものはほとんど無い。水くらいだ」

「水かあ。僕が飲んでも平気?」

「問題ない。君の住んでいた東京の水道よりも多少硬度が高いが、同程度の水は地球上にも多く販売されていた」

「よく調べてるな」と僕は素直に感嘆した。

「ちょっと興味が出てきた。質問してもいいかな?」

「私にか?」

「そう。宇宙人と話をする機会なんてそうそう無いだろうからね」

「確かに。私としても、君のように物怖じしない地球人は初めてだ」

「ということは、宇宙船に乗せたのは僕だけじゃないんだ?」

「うむ」

 

 

 男の正体は宇宙人。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 

「私の生まれた星はずっと遠く……地球の天文学では宇宙には果てがあるということになっているようだが、私の星はその果てよりも遠くにあった。成り立ちは地球ととてもよく似ている。ちょうど運よく近くに太陽のような恒星もあり、気候も地球とは極めて近い。ただ、やはりメトグラスル……地球ではカルチャー、文化というものだな。それはまったく異なっていた。私は地球の人間と同じような生物だが、手足を使うよりもまず脳の肥大が始まった。おかげで私は今こうやって地球という素晴らしい星にたどり着くことができたわけだが、運動能力という点においては地球人よりも遥かに劣っていると言わざるを得ない」

「それで、あんたはなんで地球に来たんだ? いくら頭がいいからって、そんな遠くからやってくるのは簡単じゃなかっただろう」

「私の星は寿命が近づいていたのだ。といってもまだ二千年、三千年と先の話だが。しかし確実に、それは私達の前に現実の問題として現れた。私達の意見は二つに割れた。このまま星と共にこの宇宙から消え去ろうという諦観を抱いた者たちと、私達の文化を宇宙のどこかに残そうという者たち」

「諦めようとする人もいたんだ」

「私達は地球人のように、様々な宗教を持っていなかった。それは意思統一という面では極めて効率的ではあったが、一方で人々の多様性を奪うことにもなった。地球人全体が、たった二つの意見に分かれてしまうなんて考えられないだろう?」

「そうだね。それで、あんたは後者の組だったわけだ」

「いや、私も当初は諦めかけていた。宇宙広しといえど、私達の星と同じような環境におかれた星が存在するなんて考えもしなかったのだ。例えるなら、砂漠に撒かれた水の一滴を探し出すようなものだ。それも、その水滴は既に蒸発してしまったかもしれないし、そもそも撒かれてすらいないのかもしれない。気の遠くなる話だ」

「でもあんたは地球の存在を知った」

「あれは偶然だった。三百年以上前に宇宙へ飛ばした探査船が私の星へ帰ってきたのだ。探査船自体は毎年打ち上げられていたから、百年以上前のものが帰ってくること自体は特に珍しくはなかった。問題は、探査船に残されていた長い長い映像記録だ」

 僕の目の前にモニターが現れた。SF映画でよく見るような、画面だけが宙に浮かんでいるようなモニターだ。そこにはかなり鮮明な画質で、宇宙から見た地球の様子が映されていた。

「それが探査船の中にあった映像だ。私たちは驚いた。私達の星と同じような星が、それも私達の星よりも豊かなキトロジンマ……自然に恵まれた星があることを初めて知ったからだ」

「そしてあんたは考えを?」

「そうだ。だがそれと同時に、大きな争いが起こった。自分達以外に、この宇宙で生きている星や生命があると信じることができない……信じたくない者たちが大勢いたのだ。私達は生まれて初めて大きな戦争を体験し、それが最後の戦争になった。戦争は大きな衝撃となって、星の寿命を著しく早めたのだ。幸いなことに、星の最期の直前に私を乗せた船は脱出に成功した。その船に乗っていた僅か三十名ほどが、星の生き残りとなったわけだ」

「まるでノアの方舟みたいだ」

「そんな伝説もあったな。そんなにいいものじゃない。私の星にいた者からすれば、星を見捨てたと捉えられても仕方がない」

 男はそこで話を止めて、自分の作業に戻った。僕はまだいくつか聞きたいこともあったが、作業を邪魔するのは悪いと思ったので男の方から話を始めるのを待つことにした。

 

 

 宇宙人はタイムトラベラーでもあった。彼らは普段は人間に姿を変え地球上で生活をしているが、時に地球の存続のためにこうした時代への介入を行っていた。

 彼らは地球上の様々な場所へ散らばった。多様な言語や文化を持つ地球のことを考え、ひとつの場所に固まるよりもより広範な場所へ居住する方が効率が良いと考えたのだ。そして僕を宇宙船に導いた男は日本の担当だった。日本のような狭い国に人員を割くのは僕には極めて効率が悪いように思えたが、彼らはそんなことは微塵も考えていないようだった。それに、彼らは僕たち地球人よりもよほど地球を愛していた。

 

 

「喋りすぎたな」

 うとうとし始めたところで男が僕に言った。人はこんなところでも寝れるものなんだな、となんだか新鮮な気分になった。

「喉渇かない?」

「私は大丈夫だ。君が飲みたいなら水を出すが」

「じゃあもらおうかな」

 男はちょうど肩甲骨の辺りから触手のようなものを伸ばして、部屋の外からコップに入った水を僕の前に持ってきた。僕がコップを受け取ると、その触手は伸ばしたメジャーのようにするすると勢いよく戻っていった。

「地球、好きなんだな」

「君からは、そう見えるか?」

「うん。だってずっと地球人の姿のままじゃないか」

「……確かに。その通りだ。考えを改める必要があるな。地球人が私達より優れているのは、身体能力だけではなさそうだ」

 僕は彼の独り言を水を飲みながら聞いていた。彼らは既に、こうして見ている分には人間と何の変わりもないのだ。

 

 

 僕が宇宙船から降ろされたのは一九八〇年の日本だった。人の眼に触れないように山奥に着陸したので、ここがそんな昔だなんて実感は湧かなかった。

「僕はここで何をすればいいんだろう?」

「そんなことは考えなくていい。君がこの時代に存在しているという事実が重要なのだ」

「つまり、普通に生活していればいいんだね?」

「その通りだ。だが、都合の悪いことに身分証も何もない。普通の生活もかなり難しいかもしれない」

「あんたがそんなことを気に病むことはないよ。地球のことを考えて、こんなお人好しをしてるんだろ? このくらいやってみせるよ」

 僕が強がると、男は口角を上げて笑った。「頼もしいな」

 

「また会えるかな?」

 宇宙船の中に戻っていく男の背中を見ながら、僕は聞いた。

「時機が来れば迎えに来る。今はまだ、いつかを言うわけにはいかない」

「人間ていうのは怠ける生物だからね」

「そういうことだ」

 男の姿が光に包まれていく。光が晴れてしまえば、男は僕の前から去ってしまう。

「さよなら」

「違うよ。こういう時はまた会おうって言うんだ」

「また会おう……」

「ああ、また」

 

 

 そして僕は一九八〇年に立った。もう二十年も前の話だ。今でも僕は、彼との再会を待っている。

 

(RKTY’s 坂上稜線)

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