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分離帯を歩くことについて、または喋る鳥について(坂上)

この記事は約6分9秒で読めます

 

 僕は高速道路の分離帯の上に立っていた。前から、後ろから、凄い速さでいろんな車が通り抜けていく。トラック、タクシー、軽自動車、バイク……向きの違う風が、僕の身体を左右に揺らす。僕は車に当たらないように少しだけ腕を広げて、転ばないようにバランスを取ってみる。出来の悪いヤジロベエのような見た目になってしまったが、それは思ったよりも効果を発揮した。僕は一歩ずつ、こぶ状にそり上がった分離帯の上をまるでしゃくとり虫のようにずるずると前に進んだ。

 実に――実に、いろんな車があった。僕に何の興味も示さない車(あるいは気付いてすらいないのかもしれない)、クラクションを鳴らしていく車、けたたましいエンジン音を残していく車、アスファルトを削り取るような地響きを立てていく車……僕は様々な色のライトに照らされながら、自宅のある東京方面に向かって分離帯の上を歩いていった。

 

 僕がその違和感に気がついたのは、いくつかのインターチェンジを通り過ぎた後のことだった。初め、それは違和感ですらなかった。喉の奥に何かが引っかかっているような感覚……それらは得てして、物が引っかかっているわけではなくて、自分の身体に出来たできものだったりするのだ。

 僕がその時に抱いた違和感も、初めのうちはそうだった。外的ではなく、内的なもの。ちょっと空気の匂いが違うとか、コーヒーの挽き方が違うとか、その程度のごく小さな違い。僕はどちらかといえばそのような変化には敏感な方だったから、正体もわからずにただ違和感だけを抱いていてもおかしくはなかった。

 だがその違和感は、次第に僕の前に確かな事実として現出し始めた。僕は光の波の中でじりじりと歩きながら、それについてひたすら思考を巡らせていた。

 

「何を迷っているんだよ。前に進めばいいんだ」

 いつの間にか、僕の頭上を一匹の鳥が徘徊していた。僕は鳥に関しては全くの門外漢だったから、それがどういった種類の鳥なのかはわからなかった。見たところそれはインコやオウムのような、文鳥に近い生物に見えた。

「理由は俺にもわからないけど、君はどうやってかここに来てしまった。ならもう前に進んでいくしかないんだよ」

 僕はだんだん鳥に対して怒りがこみ上げてきた。彼(あるいは彼女)の言っていることはわかりきったことばかりだったからだ。そんなに耳障りな声を上げなくたってわかっている、こんなところでうずくまっていても仕方がないじゃないか……僕は何度も、鳥に向かってそう叫びたくなった。でも僕は不安定な分離帯の上でどうにかバランスを取っている状態で、そんなに大きな声を上げたら、僕は転んでしまうかもしれない。高速道路で転んでしまったら、それこそ命取りになってしまう。僕は鳥の小言に耐えながら、分離帯を歩き続けた。

 

 違和感の正体に気がついたのは、東京まであと100kmの看板が出たところだった。

 

 この道路は、右側通行になっている。

 

 僕は激しく混乱した。確かにここは日本のはずだ。看板の文字は僕が慣れ親しんだ日本語だし、小うるさい鳥の言葉だって日本語に聞こえる。無数に通り抜けていく車のナンバープレートも日本式のそれだ。

 

 なのに、道路の進行方向は右側になっている。

 

 いつからだ? いつから、この道路は右側になっていたんだ? 僕は必死に記憶を手繰ったが、どの時点から右側通行になっていたのかについては、はっきりと思い出すことはできなかった。分離帯の上に立っていることに気付いた時点ではどうだった? 鳥が僕の上に現れた時は? 何かの違和感に気付いた時には?

「立ち止まってる暇なんかないよ。早く前に進もうよ」

 鳥は相変わらず僕を囃し立てている。でも僕は、この道をまっすぐ進んでいくのが怖くなってしまった。この道はいったいどこへ続いているんだ? 僕はどこへ向かおうとしているのだ? 僕はよっぽど、鳥に向かってそう聞いてみたかった。お前は僕をどこへ連れて行こうとしているのだ?

「それを知ってどうする? 別の道なんてどこにもないんだ」

 鳥は僕にそう宣告した。鳥はどうやってか、僕の心を読み取っているのだ。今までの鳥に対する心の中の暴言もすべて、鳥は聞き取っている。

「それとも何か、君はこの高速道路を横切って、向こう側へと渡るつもりかい?」

 僕はちらりと車の行き交う道路を眺めてみた。進行方向は逆になっているが、車のスピードや数はまったく変わらない。人が渡れる隙間なんてほとんどない。高速道路は人が渡れるようには作られていないのだ。

「ほら、前に進むしかないんだよ。いつまでも分離帯の上に立っているわけにはいかないだろう? お腹だって空いてくるし、喉だって渇いてくる」

 鳥がそう言うと、僕は無性に腹が減ってきた。これまではそんなこと気にもならなかったのに、喉も渇いて、呼吸もうまくいかなくなってきた(喉がからからになると、空気すらもきちんと通らなくなってしまうのだ)。

 余計なことを、と僕は思った。鳥に言われなければ、僕はそんな風に苦しむことはなかったのだ。空腹も喉の渇きもずっと忘れたままでいられたはずなのだ。鳥が僕にそれらのことを思い出させたおかげで、僕は今にも倒れそうになりながら、転ばないようにバランスを取っていなければならない。そしてそれは並大抵のことではないのだ。

「倒れたらおしまいだよ、ずっと歩き続けないといけないよ」

 こんな風になったのは誰のせいだ、と僕は心の中で悪態をついた。それは鳥にもきちんと聞こえているはずだった。だけど鳥は相変わらず腐肉の上を徘徊するハゲタカのように僕の頭上をバサバサと飛び回っていたし、僕を苛つかせる金切り声も止まなかった。

 僕はよっぽど、鳥の足を掴んで問い詰めたかった。いや、それだけじゃない。鳥の羽をバキバキと折って、二度と飛べないようにしてやる。その口うるさいくちばしもホッチキスで縫い付けて、言葉を話せないようにしてやる。足だってどこかの大木に鉄の鎖で結び付けて、逃げられないようにしてやる。僕はあらゆる方法で、憎い鳥の顛末を想像した。それは、鳥が僕の心を読むことを想定したハッタリでもあったが、半分くらいは本気でそう思っていた。少なくとも、鳥の翼くらいなら僕にだって折ることはできるはずなのだ。

 だけども鳥は相も変わらず、僕にまとわりつづけた。

 

「ほら、あと少しだよ」

 しばらくそんな風に考えていた後で、ふと鳥が優しい声を上げた。雰囲気があまりにも違ったので、それは鳥ではない別のものが言ったように思えた。だけど僕の周りには他に言葉を発せそうな生物はいなかったし、何より鳥の口の動きはその台詞とまったく一致していた。

「もうちょっとで出口だ。よく頑張ったね」

 もう鳥の言葉には、僕を冷笑的に嘲る様子はどこにもなかった。テストで頑張って初めて百点を取った子供にかけるような、母親のような趣きすらあった。

 だがそれは、つい最近母親を亡くした僕には、とても不快に感じられた。それどころか、もっと暗い、あってはいけない感情すらも呼び起こさせた。

「いい加減にしろよ」

 それは僕の口から出た言葉とは思えなかった。誰かが画面の外で、僕の口に合わせて声を吹き込んでいるような感じがした。でもその文章は僕が鳥に向かって言おうとした台詞そのままだった。

 僕は両手でバランスを取るのをやめて、空を見上げた。ビルに囲まれた狭い夜空の隙間を、鳥がぐるぐると旋回していた。僕は狙いを定めて、鳥を捕まえようと手を伸ばした。鳥はすんでの所で僕の手を避けながら、ぐるぐると狂ったように回り続けていた。

「何をするんだ。もうちょっとでゴールじゃないか。遊んでるんじゃない」

「その声をやめろ!」

 僕は大きな声で叫んだ。するとその世界のあらゆる動きがその瞬間にピタリと止まった。車はライトを点けたまま停止し、鳥も翼を広げたまま宙で固まった。星の光の瞬きも、空気の流れすらも無くなった。僕の着ていた服も、車が通り過ぎる時の風でなびいたままになった。それはまるでアルバムのジャケット写真のようにも見えた。

 僕は困惑した。僕の叫びが、この世界を止めてしまったのか? 本来止めるべきでなかったこの世界を?

「そうかもしれない」

 どこからか、声が聞こえてきた。鳥ではない。感覚でわかるのだ。

「でも、それだけじゃないのかもしれない」

 それだけじゃない? 僕は思わず聞き返した。でも、僕の世界はそこで終わった。

 

 

 僕が目を覚ましたのは救急車の中だった。僕は倒れた友人のために救急車を呼んで、一緒に病院まで付き添う途中だったのだ。

「大丈夫ですか?」

 隣にいた救急隊の青年が、不思議そうに僕に聞いてきた。

「ずいぶんお疲れだったみたいですが」

 僕は「大丈夫、なんともないです」と言ってその場を誤魔化した。まさか、友人を救急車で搬送する途中で居眠りをしただなんて口が裂けても言えない。

「それで、彼は大丈夫なんでしょうか」

「ええ、ただの貧血でしょう。頭から流れている血も倒れた時の裂傷です。歯が折れなくてよかった」

 まったくだ、と僕は思った。僕が故郷の街を離れる前日に、こんな大騒動を起こしやがって……。

「緊急でしたので、高速道路も使いましたが……まあそんなに心配することもなさそうですね」

「高速道路?」と僕は聞き返した。

「ええ。普段なら使わないんですけど、今回は下の道が混雑していましてね」

 僕は窓の外の風景を見てみた。救急車は既に高速道路を降りて、一般道を走行していた。つまり、この救急車は僕が居眠りしている間に高速道路を通過したのだ。

「つかぬことを聞きますが」僕は救急隊員に声をかけた。「救急車の中に鳥はいませんよね?」

「鳥? 鳥ですか?」

 他の救急隊員が顔をしかめて僕の顔を見た。

「鳥です。オウムとかインコくらいの小さな鳥」

「いや、いませんね。家になら飼ってる隊員もいるかもしれませんが」

「そうですか」

 僕はもう一度、窓の外の風景を眺めてみた。やはりどこにも鳥の姿はなかった。鳥……奴は一体、何者だったのだろう? 人の言葉を話す鳥……まるで何かの暗示みたいだな、と思った。

 

 だとしたら、僕はこれからどうなるのだ?

 

(RKTY’s 坂上稜線)

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絵描き: 雪松
物書き: 坂上
作曲家: 全全力力
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