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人よりも [機動戦士ガンダム](坂上)

この記事は約10分52秒で読めます

「ハア……ハア……」

一人の少年が、狂ったように茂る草木をかき分けて走っている。乱暴に伸びる枝が衣服を破り、肌を切り裂く。地面に落ちた植物の死骸は踏みつけられてバキバキと悲鳴をあげている。時にそれは生あるものをこちらの世界へ引きずり込もうと牙をむく。少年は慣れた足取りでそれかわしていく。

「ハア……ハア……」

 この青々とした自然が少年に利するものがあるとすれば、暑い日差しを遮ってくれることぐらいだろう。少年は汗と泥にまみれながら走っていく。

 いったい、彼は何に向かっているのだろう?

「ハアー……ハアー……」

長い雑木林を抜けると、そこには広い草原があった。

ゆっくりと息を吸い込み、それと同じ時間をかけて息を吐き出す。大きく肩を動かして、乱れた息を整える。渇いた風が身体を通り抜け、森の中へと吸い込まれてゆく。日差しは相変わらずうんざりするほど照りつけているが、風があるおかげでそこまでの暑さは感じない。地面には背の低い雑草がはびこり、広大な草原のちょうど真ん中には歳をとった大木(それは地元の人々からは“エレメンタル”と呼ばれていた)がそそり立っている。地図によると周りは雑木林で囲まれているようなのだが、少年はそれを実際に確認したことはない。何せ、地平線が見えるほどの広さなのだ。自分が通ってきた場所が森であったことは確かなのだが。

造られたような大草原だったが、ここは人の手で整備された場所ではない。自然が生みだした大草原だ。鹿や兎を始めとした動物も住み着いている。人が住んでいるかは定かではないが、ところどころに冷たい水の流れる川や猟師が宿泊するための小さな小屋がある。今では使えないが、誰かが拓いた畑の跡もあった。設備さえ整えれば、十分に暮らしていけそうだ。

「……」

 少年は「それ」に向かって歩き始めた。森の中と違い、草の絨毯は一切の抵抗もなく踏みつけられていった。悲鳴もあげないし、愚鈍な者の足元を掬うこともない。簡単な話だ。彼らは死骸ではないのだから。

「……」

 「それ」に近づいていくにつれて、周りの空気が変わり始めた。さきほどまで吹いていた爽やかな風は、熱を持った焦げくさい風になった。足元に広がる青い雑草は、黒い絵具で塗りつぶしたような灰の跡になっていた。ところどころ大地が抉れ、茶色の地面が露出していた。

 そうした変化を感じ、少年は身体の震えを抑えることができなくなっていた。それは悪寒や恐怖といったマイナスの類の反応ではない。少年はじっくりと噛みしめるように、「それ」に近づいて行った。決して走らず、一歩一歩を大切にしながら。大丈夫。「それ」は逃げない。

「……本物だ」

 「それ」は確かに、そこにいた。緑色の巨体。むせ返る油の匂い。太陽とは違う熱さを纏う四肢。輝きを失った一つの目玉。人ならざる人の姿。

 

 少年はその日、ザクを見つけた。

 

 ザクは仰向けになって倒れていた。左腕は根元からもぎ取られ、右肩のシールドは綺麗に吹き飛んでいた。両脚は着地の衝撃で地面に深くめり込んでおり、身体から露出しているチューブはそのほとんどが破けてしまっていた。右手にはザク・マシンガンを携えたまま、小指があらぬ方向へ向いていた。モノアイは消えていたが、頭は天を仰いだままだった。

 少年はすぐにザクに触ることはしなかった。一も二もなく飛びついてしまっては、その輝きが損なわれてしまうような気がしたからだ。それに、ここにザクが落下するのを目撃したのが今から30分ほど前。機体の表面からはまだ熱気が感じられた。

慌てずに、まずは近くに散らばったパーツがないか調べてみることにした。そうした我慢強さは、少年が学校でほめられる良いところの一つだった。

ドサッ!

 強い風が吹いたその時、ザクの方から何かが落ちる音がした。もしかしたら、辛うじてつながっていた何かのパーツが風にあおられてちぎれたのかもしれない。少年は音のした方へ振りむいた。

「う……」

 ザクの濃緑の胴体の隣に、寄り添うように人が倒れていた。少年は少し驚いた。

 もちろん、モビルスーツに人が乗っていることくらい少年も知っている。驚いたのは、その倒れているパイロットらしき人物の服装だった。

 頭にはヘルメットを被っていて(そのデザインがジオンのパイロットスーツのものであることは雑誌の特集で知っていた)、その顔はわからない。しかし正規兵らしき装備はそのヘルメットだけで、首から下は油のしみ込んだ作業服にしか見えなかった。初めて見る服だったが、胸のデザインからジオン軍の整備士のものであることは想像できた。

「ううっ……」

 その整備士らしき人物は苦しそうに腹を抱えて唸っていた。少年は初めて出会う軍人に警戒しながらも、側へと歩み寄った。

「大丈夫ですか?」

 少年は整備士の身体を起こし、座ったまま腕で抱きかかえた。固いヘルメットが少年の胸に当たる。筋肉質な大人の身体は、少年の細い腕で支えるには少しきつい仕事だった。

「……うう」

 少年の言葉への返事はなかったが、身体を揺らしてみると反応はかえってきた。見たところ血も流れていないし、大きな怪我はしていないようだ。

 近くで見てみると、そのヘルメットの不自然さは際立っていた。もともとヘルメット自体がパイロットスーツに合わせてデザインされたものであるから(この知識も雑誌からだ)、それ以外の服で着用すれば首元に隙間が生じる。この人物も一応襟元を噛ませてはいたが、それでもフィットしているとは言い難い。おまけにバイザー部分が曇ってしまっていて、どんな顔なのか判別することができない。

 少年は今すべきことの優先順位を考えた。筋道を立てて考えるのは、たまに朝食に出てくるオートミールの次に苦手なことだった。

 

 

 男が目覚めたのは、燃えるような陽が沈みかけた頃だった。

「ここは……」

 男はまず最初に、見知らぬ土地に驚いた。男が迷い込んだあまりにも広大な草原は、彼に非現実的な想像をさせるには十分だった。

次に、ヘルメットを取られ横になっていた自分に驚いた。意識を失っていた男がこんなに手際よく横たわっているはずはないから、恐らく誰かが手をかけてくれたのだろう。

そして最後に、背後の大きな機械人形――壊れているザクだ――を見て驚いた。男はモビルスーツのパイロットではなかったから、最初はまったく状況が呑み込めなかった。

夢でも見ているのだろうか。男は頬をつねってみた。歳のせいで鈍感になっていたが、確かに痛みを感じることができた。

「あの世ってわけでも……ないか」

 身体にはしつこい汗がこびりついていたが、暗くなってきた世界には冷気の予感が漂っていた。男は今の状況が現実であることを受け入れ、とりあえずこれからの行動について考えることにした。

 

 男はジオン軍の優秀な整備士だった。もとはジオニック社専属のメカニックだったが、ひとたび戦場に赴けば所属する組織は関係なかった。

 男は戦場を駆け抜けた。第一線で、死にゆく男たちの背中を押してきた。多くの友人ができ、同じ数の友人を失った。元来の人懐っこい性格は、この時ばかりは欠点でしかなかった。マ・クベが宇宙へ脱出し、地上が主戦場では無くなった後も男は地上に留まり続けた。そこに思考や論理は無く、男の意地だけが拠り所になっていた。

 しばらくして、長い間配属されていた基地から別の基地へと転属になった。それは敗色濃厚なジオン軍の悪あがきにも見えた。しかし男にも意地があった。部屋の薄っぺらい女のポスターを剥がすと、他には何にも残っていなかった。男はつくづく自分の不器用さを身に染みて感じた。転属はガウ空母での移送だった。

 敵機襲来の艦内放送を聞いたのは、離陸してから10分経ったころだった。戦闘機ドップが迎撃に出たが、連邦のモビルスーツの前にはまるで歯が立たなかった。苛立ちと恐怖と焦燥が、男を格納庫へと走らせた。一機のザクが、男を待っていたかのように立っていた。他の整備士の制止を振り切り、コクピットに乗り込んだ。シートにはなぜかパイロットスーツのヘルメットだけが置いてあった。無我夢中でそれを被った。

「銃くらいはぶっぱなせる!」

 空を飛ぶガウのハッチを無理やり開かせ、格納庫の中からザク・マシンガンの引き金を引いた。「引くことができる」と「当てることができる」が大きく違うことは知っていた。乱暴に被ったヘルメットに、服の襟を立てて馴染ませた。それでも首元は落ち着かなかった。男の精神は極限に達していた。半ば自棄でもあった。

 サブフライトシステムに跨ったジムが視界を横切った。目の前に現れた敵機にすら、男の放つ弾丸は命中しなかった。そして爆音と共に機体が大きくよろめいた。艦内にアラートが響き渡り、赤い警報灯が格納庫を不吉に照らし始めた。格納庫の中でも大きな爆発が何度も起きた。下にいた整備士たちは崩れた天井の下敷きになり、壁の渡り廊下にいた軍人は激しい爆風によって生身のまま外へ放り出された。男の乗るザクも爆発に巻き込まれ、左腕が熱を持って爆発した。咄嗟に右肩のシールドを構えたが、爆発の衝撃までは防ぐことはできなかった。男はザクに乗ったまま、弾かれるように外へ投げ出された。地上に落ちていく途中、黒い煙を撒き散らして爆散するガウが見えた。精神の糸が音を立ててぷつんと切れた。男は死を覚悟したが、走馬灯は現れなかった。

 

 男はザクのコクピットに戻り、通信機器の損傷をチェックした。電気は無かったが、月明かりが辺りを照らしてくれた。30分ほど調べて、どうしても交換用のパーツが必要な箇所を二つほど見つけ出した。

 もっとも、通信機能が回復したところで救助には来てもらえないかもしれない。それとも、ここは連邦の領域内で、捕虜になるのも時間の問題かもしれない。しかし不思議と、先が明るく見えるような気がした。少なくとも基地にいた時とは違う。あの時の暗中模索のような行き場のない憤りは消え去っていた。

 男はネガティブな思考を止めて、コクピットの中から月を見上げた。とても静かな夜だ。星もたくさん見える。夜空を見上げたのは、初めて地球に降り立った時以来だった。明日、この辺りを歩いてみることにした。ザクから離れるわけにはいかないが、そう遠くない位置に川と小屋があった。もし人が住んでいなければ、使うことができるかもしれない。

いったん落ち着くと身体にこびりついた汗が気になり始めた。洗濯したての新しいシャツに着替えたかったが、突然のことだったから着替えなんて持っているはずもない。男は仕方なく、上半身の衣服を脱ぎ捨てた。夜は少し冷えたので、風邪を引かないようにシートの裏から予備のパイロットスーツを毛布代わりにした。心地よさとは無縁の素材で出来た毛布だった。

男は腹が減っていることに気が付いた。最後に食事をしたときのことを考えて、皿の脇に添えられたヘタのついたプチトマトを思い出した。シートの裏には非常食のチューブ型携帯食料があったが、男はそれが苦手だった。それも嘔吐するほどに。仕方なく、眠って空腹を誤魔化すことにした。

目を閉じてから男は頬をつねってみた。そうしてから、この方法では生死が確認できないことに気が付いた。

 

 

 翌日、少年はスクールをサボった。スクールはこれから何年も通うことになるが、ザクに通うことができる機会はそうそう無いように思えたからだ。それに、スクールの先生はこう言っていた。

「みなさん、物事に順位をつけなさい。順位の高い順に解決していけば、自ずと正しい道が開けます」

 間違いなく、今のスクールはザクよりも順位が低かった。

 少年は小さなスクール指定のリュックに父の普段着と食糧を詰め込んだ。小さい頃に出会った、薄汚いバックパッカーの人が言っていた。「今欲しいもの? 犬の下に敷くような古着とカピカピに渇いたクラッカーだな」。それから昨日と同じ雑木林を抜けて、ザクの落ちた草原へと足を運んだ。

 

 

 翌日、男は異常な暑さに目を覚ました。太陽はまだコクピットから見えなかったが、その熱気は既に身体を焼き始めていた。男は蒸し焼きになる前に外に出て辺りを歩き始めた。

 

「誰かいませんか」

 男はドアを数回ノックした後、返事のない小屋に向かって語りかけた。最も、窓に人影は無かったし、このドアにも鍵はかけられていない。形式として聞いているだけだ。

 男は用心深くドアを開けた。ぎぃー、と木の軋む音が小屋の中に響く。人が通れるだけの隙間を作ってからゆっくりと中に入った。中を見渡す前に、再びゆっくりとドアを閉めた。いくら丁寧に行動しても、木の鳴き声はやまなかった。

 小屋の中には、何かの葉っぱが敷かれたベッドが一つ、大きなテーブルが一つ、カセット式のガスコンロが二つ(ただしカセットは刺さっていなかった)、バケツが二つ、ナイフや皿といった基本的な調理用具があった。それらは全て埃をかぶっていて、しばらく人の出入りが無かったことを教えてくれた。部屋の隅には麻袋が置かれていた。紐を解いてみると、中には干し肉がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。誰かが寒いうちに作っておいたのだろう。ありがたく好意に甘えることにした。

 男は窓を開け、埃っぽい空気と干し肉の香りを外に逃がした。バケツを二つ持って外に出て、ザクのコクピットから雑巾を二つポケットに入れた。川の水で身体を流し、バケツにも水を汲んで小屋へ戻る。片方のバケツには雑巾を浸して、埃のかぶっている家具を軽く水拭きした。もう片方のバケツの水はコップに掬って飲料水にした。少しぬるかったが、渇いた喉によく染み込む甘い水だった。干し肉を3枚ほどかじってから、葉っぱのベッドに横になった。空腹が満たされたことで、まともな思考ができるようになった。

 とりあえず、当面の目的をザクの通信機器を直すことに設定した。替えのパーツが必要だが、この小屋の設備を見る限り近くに街があるはずだ。ジオンの軍服のまま出歩くことはできないから、どこかで服を手に入れないといけない。そうして先のことを考えていると、少し前までの鬱屈した気分が嘘のように吹き飛んで行った。現実味の無い夢を見ているようにも思えた。

 

 

 少年はザクの手、武器、肩と登っていき、胴体のコクピットにたどり着いた。中に人はいなかったが、脱ぎ捨てられた衣服や開けたままネジを締めていない何らかの機械から、再びここに帰ってくると想像するのは容易だった。

 少年は背中のリュックから缶入りのクラッカーとペットボトルのミネラルウォーター、父の着ていた青いポロシャツを取り出し、仰向けのシートの上に綺麗に並べておいた。それは少年なりの優しさでもあったし、軍人から話を聞く機会を逃すまいとする抜け目のなさでもあった。少年の好奇心は折り紙つきだった。

 その後はザクの身体を触ったり(さすがにもう熱くはなかった)、写真に収めたりして時間をつぶした。そうして少年は昨日のパイロットらしき男が帰ってくるのを待っていた。

 しかし、時計が正午を指した頃に、肝心の自分のご飯を持ってきていないことに気が付いた。そしてその空腹を我慢できるような辛抱強さは少年にはなかった。我慢強さと辛抱強さは別物だ、と自分に言い聞かせながら、少年はいったん家に帰ることにした。

 

 

 開け放たれた窓から日差しが入り込むようになった頃、男は目を開けた。思考を巡らせている間に眠り込んでしまったようだ。男は両頬をぱちんと叩き、立ち上がった。バケツに汲んだ水をコップに掬って飲んだ。もう一片の冷たさも残っていなかった。

 そういえば、川があるということは服の水洗いもできるはずだ。街に出るための服を探す前に、ザクのコクピットの中に残してきた作業着を川で洗うことにした。一つずつ、やれることをやっていこう。こんな単純な生活は久しぶりだった。

 

「ん?」

 コクピットの中には見慣れないモノが置いてあった。新聞紙に包まれた缶のようなもの、ペットボトルの水、そして青いポロシャツ。新聞紙を剥がしてみると、それはクラッカーの缶だった。概ね男が必要としていたものがそこにあった。

 童話みたいだな、と男は思った。こんな自分の知らない土地に飛ばされて、でも生活はできるだけの環境は整っていて、どうしても必要なものは誰かが何も言わずにおいて行ってくれる。これを童話と言わずしてどうするのだろう? 男はクラッカーの缶の蓋を開けて一個つまんで食べた。それはとても喉の渇く食べ物だった。

 男は何の気なしに新聞紙を手に取った。クラッカーを包んでいた新聞紙だ。一面記事と中途半端な社会面の二枚があった。男の聞いたことのない誌名だった。恐らくこの辺りの地方紙だろう。日付からして新しい年になったばかりのようだ。その一面記事には、男の知っている人物が大きな写真で載せられていた。

 

 

 少年は家に帰ると、スクールを休んだこと、新しい新聞を勝手に使ってしまったことについてこっぴどく怒られた。スクールについては先生と電話で話をした。

「なぜ今日、スクールに来なかったんだい?」

「もっと大事なことがあったからです、先生。順位はスクールよりも上でした」

「スクールより大事なものなんてないよ。馬鹿なこと言ってないで、このあとスクールに来なさい。宿題があります」

 少年は酷く腹を立てた。

 

 

 その新聞には、ジオンと連邦の和平交渉についての記事が大きく載っていた。男の知らない間に、戦争は終わっていた。

 それを知った瞬間、男は未知の世界に放り込まれたような気分になった。これまでの人生は世界と共に消え去り、新しい世界で新しい人生を始めるのだ、と。幸い、その男は古い世界においてはとても身軽だった。

 男はくしゃくしゃになった新聞の一面記事を握りながら、自然と笑みがこぼれていくのを感じた。それは、形容しがたい感情のカオスの結果だった。

「ふふっ、まるで童話じゃないか」

 童話というには、男は酷い髭面だった。

(RKTY’s 坂上稜線)

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