RKTY's

4creators site

メニュー

さよならの速度【後】(坂上)

この記事は約7分9秒で読めます

 そしてその日がやってきた。打ち上げは夜。時間が来れば僕の家に、所長さんが車で訪ねてくる。宇宙人の遺体は所長さんの車で運び出す。そして誰にも気付かれないようにして、片道切符の宇宙船に積み込んで宇宙へと還してやる。その間、僕が出来ることはほとんど無い。僕が宇宙人と一緒に居ることができるのは、誰かが扉を叩くまでの間なのだ。

 

 僕は缶ビールを二つ持って、彼の居る部屋にやってきた。一つは僕の手に、もう一つは彼の前にお供え物のように置いた。ビールは生前、彼が口にしたいと言っていたもののうちの一つだ。僕は飲みたいなら飲めばいいと言ったのだが、なかなか機会が無くて結局飲まずじまいだったものだ。

 僕は両方のタブを開けて、立てた缶が倒れないようにそっと乾杯をした。

「今日でお別れだ」

 僕はビールを飲んでからそう呟いた。もちろん答えが返ってくるわけはない。彼は安らかそうな顔をしたまま(地球人の目からして、ということだけれども)、僕の独り言を静かに聞いていた。

「最初は驚いたよ。宇宙人が実在することもそうだし、ましてや僕の前に現れるなんて考えもつかなかった」

 僕はビールを一口飲むたびに、一言ずつ彼に語りかけた。彼と初めて出会った日、ほとんど信じられないような体験をした日、何の変哲もない日常を喜び合った日。僕は写真というものを撮らなかったから(日常を写真に撮りためておくことに特に必要性を感じなかった)、彼との記憶は不完全なものばかりだった。それでもなお思い出すような記憶といえば、どれも印象深いものになってしまう。僕は初めて、いつもの日常をいとおしく感じた。

「あと一日だけ……君の目が覚めたら、どんなに楽しいだろう」

 彼はずっと僕の話を聞いていた。

 

「お別れは済んだかな」

 所長さんが僕の家にやってきたのは、夜の、日付が変わる直前だった。所長さんは喪服を着て、僕の前に現れた。

「その服装は?」

「宇宙人とはいえ、相手は仏さんだからね。実際、お葬式みたいなものなのだろう?」

 確かにな、と僕は思った。僕はいつも他人に気付かされてばかりいる。こんな大事な時でさえ。

「さて、そろそろ運び出そう。時間の余裕もあまりないからね」

「所長さん一人なんですか?」

「ここに来たのはね。彼はシャトルの前で待機しているよ」

 僕と所長さんは二人がかりで宇宙人の遺体を運び出した。宇宙人の遺体は思っていたよりも重く、車に載せるだけでも一苦労だった。

「中身がぎっしり詰まっているんだね」

 僕は後部座席に、宇宙人の遺体と並んで座った。下手に隠すよりも、不自然じゃないと思ったのだ。車が揺れるたびに、宇宙人の身体が僕の肩によりかかってきた。

「バックミラー越しに見ていもヘンな気分だな。本当に死んでいるんだろうね?」

「だと思います。地球の感覚では、ということですけれど」

「なるほどね」

 

 

 シャトルは多摩川の河川敷にある小さなグラウンドに設置されていた。シャトルと言っても、そんなには大きくない。3メートルあるかないかといったところだ。

「ここですか?」

 周りには民家もあったので、少し不安になった。シャトルを打ち上げる時の音や衝撃は知らなかったけれど、それにしてもあまり適した場所には思えなかったからだ。

「意外にね。人っていうのは、自分の想像以上のことは考えられないものなんだよ。だから、自分が寝ているすぐ近くで、宇宙に向けて宇宙人が飛び立とうとしているなんて思ってもみないのさ」

「そういうものですか?」

「私だって、こんな形で宇宙人と接触するなんて思わなかったさ」

「……ああ」

 シャトルの隣には彼が立っていた。あまりに不動だったので、遠くから見ている分には案山子とそう変わらなかった。

「絶好の打ち上げ日和だ。雲もない、風もない、音もない」

「出来うる限りの条件は揃ったというわけだ。後は、運だけだね」

「信じますよ」

 僕は車に戻って、後部座席に寝かせていた宇宙人の遺体を背負った。そして土手の階段を踏み外さないようにして、ゆっくりとシャトルの前まで運んだ。その間に、二人はシャトルの腹の扉を開けて待っていた。

「けっこう重たいですけど、大丈夫ですか?」

「さっき私が持った感じでは、せいぜい八十キロといったところだろう。問題ないよ」

 僕は宇宙人の遺体を降ろして、シャトルの中に入るように身体を小さく折りたたんだ。まるで古代人が行っていた屈葬のように。

「俺のところに来た宇宙人とは毛色が違うみたいだな」

「え?」

「こんなに静かな顔をしていなかったからさ」

 僕はそこで思い出した。ああ、彼もまた宇宙人との別れを経験していたのだ。

「別の星から来たのだろうね」

「意外に人気があるんだな、地球は」

 そう考えると、わけもなく誇らしい気持ちになった。僕はこの地球に、何にも貢献できていないのに。

 

 宇宙人の遺体をシャトルの中に納めた後、所長さんと彼はシャトルに繋げたノートパソコンを弄りながら、何か専門的なことを話していた。その間に僕が出来ることはないので、土手の芝生に寝転がって夜空を見上げていた。考えてみれば、あの星の一つ一つに、僕らと同じような生命が宿っているのかもしれないのだ。そう思うと、子供の頃に見上げた夜空とはだいぶ赴きが違って見えるような気がした。あの光の粒の星から見える地球も、同じような粒に過ぎないのだ……。

「知り合いの宇宙人がいなくなった後でな」

 いつの間にか、彼が僕の隣に座っていた。

「よく夜空を見上げるようになったんだ。あの光の中に、どのくらい地球と同じような星があるんだろうって。もちろん、肉眼じゃ判別なんてつかない。緑に溢れた星だって、荒涼とした土の塊だって、同じように光っているだけだからな」

「探してるのかい? その、いなくなった宇宙人を」

「そうかもしれない。でも、どこにいるのかなんてわからない。いま見えている星空のどこかにいるのかもしれないし、ぜんぜん違う場所にいるのかもしれない。それに、もしその宇宙人の星がわかったとしても、今の地球の科学力じゃあ、そこにたどり着くなんてできやしない。結局のところ、空を眺めることで自分を慰めているのさ。果てのないことだ」

「僕もそうなるのかな」

「どうだろうな。ただ一つ言えるのは、俺がずっと心残りにしているのは、いなくなってしまった宇宙人にきちんと別れの言葉を言えなかったことだ。向こうにも都合があるんだろうし、そういう湿っぽいのは嫌いそうなやつだったからな。つまり、自分の中でケリがついてもいないのに居なくなってしまうってのは、ずっと心に引っかかり続けるんだ。やり直せることならいいが、俺の場合はそういうわけにもいかない。お前は……」

 

 

 打ち上げの準備ができたのは、それから二十分ほど経った後のことだった。所長さんは草むらに寝転がっていた僕らをシャトルの近くまで呼んた。シャトルの噴出口からは少しずつ煙が噴き出していて、次第にグラウンドの地面を覆い始めていた。

「けっこう簡素なんですね」

「まあね。前にも言ったと思うけど、戻ってこない宇宙船を作るくらいならアマチュアでも十分にできるのさ」

「むしろ打ち上げだな。今日の気候なら問題はないと思うが、何にでもイレギュラーってものは存在する」

「それに、撃ち落とされる可能性もね」

「それは二人の運次第だな」

「二人?」

「君と、友達の宇宙人だよ」

 そう言われると、突然、僕の中に口惜しい気持ちが湧き出してきた。たった一言で、僕と死んでしまった宇宙人の日々が一気に蘇った。たぶんそれは走馬灯のようなものだったのだろう……僕ではなく、宇宙人の。言い足りないことがたくさんあるような気がした。やり足りないことがたくさんあるような気がした。

「もうすぐ扉は開けられなくなるよ。やり残したことはないかな?」

 僕は考えた。宇宙人――彼が、母星に戻るとき、必要としているものはなんだ? どうすれば、僕のことを忘れないでいてくれる? 僕は迷いながら、コートのポケットに手を突っ込んだ。すると手に何かが当たる感触があった。それは押し花のしおりだった。

 

 

 僕と彼が駅前でやっていた地元の産業祭りに行った時のことだ。それは屋台が立ち並ぶだけの祭りとは少し毛色が違い、地元の商店街が、自分たちの仕事を祭りにやってきた人間に知ってもらうための体験教室も多く開かれていた。案の定というか、彼はそういった教室を片っ端から指差して、僕にその説明を求めた。

「あれは何だ?」

「ん? 押し花教室のこと?」

「オシバナというのか? まるでドライスリープのようだが……地球では、こんな小さな頃から教育されているのか」

「ううん、たぶん想像してるのとは違うと思うな。あれは後で蘇生させるためにやっている作業じゃないよ」

「なんだと? では、植物の遺体をいたずらにもてあそんでいるというわけか」

「まあ、ある側面からすればね。でも地球では、一般的に、枯れた植物を遺体とは呼ばないんだ。たとえそれが、生きている茎から引きちぎったものだとしてもね」

「なるほど……」

 彼はそこで初めて足を止めた。

「興味がある?」

「少し、な。私の星では、植物はあのように使えるほど豊富に育っていなかった」

「じゃあ体験してくりゃいい」

「そうしたいのはやまやまだが……」

「何を遠慮してるんだい。君の仕事なんだろ?」

「しかし……私のような姿の者が行って、警戒されないだろうか? 見たところ、女性か子供しかいないぞ」

「大げさだな。別に捕まりはしないよ」

 

 

 僕のポケットに入っていた青い花のしおり……それは、彼がその押し花教室で作ったものだった。「ちょうど二つ作ったのだ。一つ、君に渡しておこうと思ってな」……確か、そんなことを言っていた。それは、僕が彼からもらった唯一の品物だった。

「それを入れるのかい?」

 所長さんが僕に聞いた。

「いえ、これは宇宙人からもらったものです。これは……」

 そこで僕は思い立って、辺りを見渡した。僕たちはグラウンドの、整備された地面の上にいる。僕は急いで土手の雑草がぼうぼうに生えている場所まで駆け出して、指で雑草を地面ごと掬い出して両手いっぱいに抱えた。そして土や草をなるべくこぼさないように、シャトルのもとまで走って戻った。

「これを」

 僕は息を切らして、手に抱えた土と草を二人に見せた。

「それは何だい?」

「俺には土と雑草に見えるが」

「その通りです。これはただの土と草です」

「それを、シャトルの中に入れるのか?」

「彼の星には、植物がほとんどないそうなんです」

「なるほどね」

 それで二人は納得した。僕はシャトルの中にいる、身体を折りたたんだ宇宙人の履いているズボンのポケットの中いっぱいに、土や草を詰め込んだ。パラパラと、うまく詰められなかった土がシャトルに当たる音がした。改めて考えると、とても滑稽なことをしているように感じる――でもその時の僕には、それが正しいことだという確信があったのだ。彼が地球にやってきた理由の一つでも、叶えてやりたかったのだ。

 

 

 そして扉は閉じられ、僕らは土手まで退がった。シャトルの発射まで、あと三十秒。

「宇宙、か」

 僕はそう呟いて夜空を見上げた。地球から見える星は、相変わらず嫌になるくらいキラキラと輝いていた。

「お前、これからどうするんだ?」彼は僕にそう尋ねた。

「宇宙人が居なくなった後で、お前はどうやって生きていくんだ?」

「僕が、生きていく?」あと十五秒。

「そうか、僕は生きていくんだ」

 僕の命は、物語のように終わったりしない。これからも続いていくんだ。

「ようやく泣いたな」

 僕は彼に言われて初めて、自分の頬を涙が伝っていることに気がついた。シャトルの発射まで、あと五秒。

 

(RKTY’s 坂上稜線)

関連記事

コメントをお待ちしております

HTMLタグはご利用いただけません。

AboutThisHP

RKTY'sは4人のクリエイターによるブログ兼作品紹介ページです。
黒い砂漠の関連記事はこちら

絵描き: 雪松
物書き: 坂上
作曲家: 全全力力
演出スクリプター: 実槻

サイトに関するご意見等ございましたら、お気軽にご連絡ください。
サイト管理責任者: 実槻