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さよならの速度【中】(坂上)

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 想像したとおり、彼は僕の言葉を信じてくれた。彼もかつて、宇宙人と親交を深めたことがあったという。

「お前の友達と同じ星からやってきたのかはわからないし、俺の場合は自分で帰っていったがね」

「宇宙人にもいろいろあるんだ」

「当たり前だ。生物なんだから」

 それもそうだな、と僕は思った。

「ところで宇宙人の母星がどこにあるのか、わかってるのか?」

 僕は首を横に振った。

「でも、彼は宇宙に還してくれとしか書き残してないんだ。たぶん僕たちがやるべきなのは、彼の遺体を宇宙に送り出すことだけで、後は母星の人が何とかしてくれるんじゃないのかな」

「そんな都合よくいくのか?」

「いってくれないと困る」

 後は彼の星の技術力に賭けるしかないのだ。

 

 そして都合のいいことに、彼には宇宙開発に関係する知り合いが大勢いた。彼はどのコミュニティにおいても無口で寡黙だったが、その確かな人格と思想に惹かれる人間がいたのだ。

「君がヤマザキくんだね」

 最初に会ったのは民間宇宙船の開発をしている工場の所長だった。工場といっても、一見宇宙とは縁のなさそうな無骨な外見(それはまるで自動車の修理工場のようだった)や肩身の狭そうな立地(住所上は東京だったが、高層ビルに囲まれて見かけの落差が激しくなっていた)から、コウジョウというよりもコウバといった方が正しかった。

「ヤマサキです、正しくは」

「これは失敬。人の名前を間違えるとは」

 所長にしても、その外見は下町の労働者といった感じで、オイルまみれの額を肩にかけたタオルで拭う姿からは、僕が想像する宇宙の壮大さを感じることはできなかった。

「話は聞いているよ、ヤマサキくん。宇宙に飛ばしたいものがあるんだってね」

「はい」

「宇宙人の遺体についてはまだ話してないからな」

 彼が小声で僕に言った。

「ま、こんな油臭い場所で立ち話も何だな。奥の事務所まで来てくれよ」

「わかりました」

 

「なるほど、宇宙人ねえ」

 僕と寡黙な彼、そして所長さんは向かい合って(彼は僕の隣に座っていた)、死んでしまった友達の宇宙人について話した。当然といえば当然だが、彼の話を進めるたびに何度も彼の顔が僕の脳裏に浮かんだ。それでも悲しいという気持ちは一向にやって来なかった。

 所長さんはうんうんと頷きながら(時々腕を組んでううんと唸った)、僕の話をじっと聞いていた。彼は相変わらず無口だったが、自分しか知らない話題が出てくるとすかさずフォローに回ってくれた。

 

 僕が、友達を宇宙に還す計画までを話し終えたところで、長い沈黙がやってきた。これが選挙の演説や学校の発表なら拍手が湧き上がるタイミングだ。所長さんは拍手の代わりに、僕に質問を投げかけた。

「それは確かに宇宙人なんだね? その、頭のおかしい人間とかじゃなく」

「だと思いますね。いくら頭がおかしくても、死後硬直がないとは思えませんから」

「一応人間でも時間が経てば死後硬直は解かれるが、ヤマサキの言う時間軸が確かならば、宇宙人の遺体を発見した時にはまだその時間には至っていないはずだ」

「それに、彼の遺体は未だに腐敗が始まってません。特別な処理はしていないのに。ただ冷たいだけで、異臭もしない。ミイラとも死蝋とも違う現象になっているみたいです」

「ふうむ」

 所長さんは唸って、近くにあったメモ帳を手繰り寄せてボールペンで何かを書き込み始めた。すさまじい走り書きで、僕には何が書いてあるのか判別することはできなかった。

「結論から言えば、宇宙に還すだけならそう難しくはない」

 しばらくすると、所長さんはメモを書く手を止めてそう言った。

「我々が苦心しているのは、宇宙に飛ばした後に大気圏再突入させるための技術の確立だからね。地球に戻す必要が無いのなら、まあある程度の準備は必要ではあるけれど、そんなに時間もかからない。……ただ、いくつか懸念がある。一つは天候だ。君も知っているだろうが、宇宙船の打ち上げには天候がとてもシビアな問題として付きまとっている。雨が降っていなくても、ちょっと風が強ければ打ち上げを延期する場合だってある。次は宇宙に打ち上げるシャトルの問題だ。あいにくだが、先月我々は新たな宇宙船を打ち上げたばかりだ。新しい宇宙船を建造するにはそれなりの時間がかかる」

「どのくらいですか?」

「規模にもよるが、最短で一年近くは見てもらうことになる」

「一年……」

「恐らくヤマサキ君の……いや、友達の言う期限が本当に存在するのであれば、一年というのは博打が過ぎるだろう。もっと速やかに、宇宙に還してやる必要がある。そこでだ。宇宙に打ち上げるだけ……つまり、さっきも言ったが再突入の必要のないシャトルならば、そこまで時間もかけずに建造することができる。まあ一ヶ月くらいだろう」

「一ヶ月……早いですね」

「だがそれにしても問題はある。再突入の必要がないということは、その構造は極めて単純になる。有り体に言ってしまえば、長距離弾道ミサイルともほとんど変わらない。火薬が入っているか入っていないかというレベルの違いしかない。そうなると世界中の国の防衛システムに打ち落とされる危険性が出てくる。本来なら、国の宇宙センターにかけあって安全性を保証してもらうのだが、中身が宇宙人の遺体だというのであれば、そういうわけにもいかないだろう」

「つまり、結局は賭けになるってわけですね」

「それにもし……仮に、宇宙人の遺体を載せた船が撃墜されたとなれば……その宇宙人の言っていた通り、地球はかなり具合の悪い立場に立たされるかもしれない」

「地球人が殺したとも勘違いされかねないな」

「そういうことだ」

「確実に宇宙に送り届ける方法はない、というわけですね」

「手厳しい意見だが、そういうわけだね。私としてもできる限りの協力はしてあげたいが、宇宙への民間人の進出という点では、地球はまだまだ発展途上なのだ」

「地球人の意識の違いという点でもな」

「ヤマサキ君が真に……確実に、彼の遺体を宇宙に届けたいというのであれば、やはりもっと技術力の高い組織に接触するべきだ。……私が言うまでもないだろうがね」

「はい。その上でこちらに来ました」

「だから俺も手伝ってるんだ」

「……少し、考えさせてくれないか。私にも時間をくれ」

「それは構わないが、期限があることも忘れるな」

 彼が所長さんに釘を刺した。

「わかっているよ。三日後にまた連絡させてもらうよ」

 

 

「これでよかったんだな?」

 その帰り道、いつも寡黙だった彼が初めて自分から口を開いた。

「不確かな技術で、何もかもが賭けの状況で、それでもお前は宇宙人とのプライバシーのために地球を危機に陥れようというのだな?」

「ああ」

 僕は短くそう答えた。彼はそれ以上何も言わず、僕の隣をずっと歩いていた。

 

 所長さんから電話が来たのは土曜日の夕方だった。その時僕は早めの夕食のためにパスタを茹でていた。

「待たせて申し訳なかった。君の友人を宇宙に還す件だが……協力させてもらうよ」

 僕は感謝の言葉と共に、今後の予定について聞いた。現在進行しているプロジェクトに人手を取られているらしく、打ち上げるロケットの完成は早くても三ヵ月後になるらしい。

「この件は身内にも迂闊に話せないからね。そこは留意してほしい」

「一年かかるよりは遥かにマシですからね」

「そういうことだ」

 先日、会った時も所長さんは「そういうことだ」と言っていた気がする。どうやら所長さんの口癖のようだ。

「ところで、宇宙人の遺体はどうやって保管しているんだね?」

「部屋に寝かせてありますよ。前にも言った通り腐りも異臭もしないですから」

「寝かせて……?」

「布団に入れてあげてます。もしかしたら、彼が言っていたように仮死状態なのかもしれませんから。ひょっこり生き返って文句を言われたくないですからね」

「じゃあ、君は今、宇宙人の遺体と一緒に生活しているのかね?」

「え? そうなり……ますね」

 僕は所長さんに言われて、ようやくその事態の異様さに気がついた。僕は、人の遺体と一緒に生活しているのだ。所長さんは僕の声色の変化を聞いて、はははと笑った。

「彼も言っていたが、君も相当変わってるね」

「いや……改めて考えてみると変ですよね」

「まあ、な。でもそれは我々地球人が改めて考え直さなくてはならない常識でもある。腐らない肉体……法律的にも宗教的にも、どうやって扱うのか興味があるところだ」

「それはたぶん、ずっと先の話ですね」

「だろうね」

 所長さんからの電話が終わる頃には、パスタはすっかり伸びきってしまっていた。試しに一口食べてみたが、とても人間の食べる代物ではなくなっていた。

 

 

 それから三ヶ月、僕はいつも通りの生活を続けた。普通に大学に行き、普通に講義を受け、普通にバイトに行き、普通にご飯を食べて、普通に睡眠を取った。変わったのは、学校で無口な友人が一人増えたことと、家に宇宙人の遺体があるということだけだった。

 

 宇宙人はその三ヶ月もずっと死に続けていた。僕は週に一度、濡れたタオルで遺体の身体を丁寧に拭いた。見た目は変わらなかったが、身体の重さと冷たさは死者のそれだった。僕は地球人とこれっぽっちも変わらない宇宙人の肉体の手触りを感じながら、彼の故郷の星のことを思った。そういえば、彼は故郷についてはほとんど何も話さなかった。何か理由があったのだろうか?

 

 (RKTY’s 坂上稜線)

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絵描き: 雪松
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