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さよならの速度【前】(坂上)

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 友達が死んだ。

 

 僕がバイトを終えて夜遅くに家に帰ると、彼は既に事切れていた。彼はソファーの上で、まるで昼寝でもするような表情をしていたので、初めのうちは気がつかなかった。だが彼の身体に手を触れると、絶対的な冷ややかさが僕の手を支配した。彼の生命はもう終わってしまっているのだ。

 僕はまず困惑して、やり場のない気持ちになった。突然友達が死んだ時、どういう反応をするのが正しいのか、理性的にも感情的にも判別がつかなかったのだ。僕は誰かに助けを求めるように(もちろん僕の家には僕以外誰もいない――今となっては)辺りを見渡した。いつも通りの僕の部屋だ……電球が切れかかっていることを除けば。ふと目線を下げると、床の上に一枚の紙切れが落ちていることに気がついた。脇にはキャップの閉まっていないボールペンも転がっていた。僕は紙切れを拾い上げて、そこに文字が書かれていることを知った。その文字は乱雑で、力の入れ具合もめちゃくちゃだった。僕は混沌とした気持ちをどうにか抑えて、一つずつ文字を解読していった。ソファーの上には彼がずっと眠り続けていた。

 

 メモ用紙にはこう書かれていた。

 

「地球の友人として、君に頼みたい。私を宇宙に帰してほしい」

 

 死んだ友達は宇宙人だったのだ。

 

 

 彼がなぜ突然死んだのか、理由はわからない。ウェルズの『宇宙戦争』のように地球の微生物にやられたのかもしれないし、あるいは地球の水が肌に合わなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、彼の死は紛うことのない事実だ。そしてそれを知っている――彼が宇宙人であるということも含めて――のは、地球上で僕一人だった。

 

 僕は彼の亡骸を抱えて、床の上に寝かせた。人間と違って、宇宙人の死体は死後硬直もなく、四肢も簡単に動かすことができた。ただ体温が失われ、二度と目が開かないだけなのだ。

 彼の死を目の当たりにして、不思議と僕は悲しい気持ちにはならなかった。仲が悪かったわけではない。半年くらいの短い間ではあったけれど、彼とは確かな友情を育んできたと思っていたからだ。彼と過ごした日々も、思い出として昨日のことのように想起することができる。彼は好奇心が強く、僕が地球のことを教えると何にでも楽しそうに反応した。彼は地球のことが本当に好きだったのだ。

 

 あるいは、僕が悲しみを感じなかったのは、彼の今わの願いを聞いて新たな使命感に湧き立ったのも原因かもしれない。僕は、具体的なイメージはまったくないにしろ、彼をどうにかして宇宙へ還してやらなければならないと強く思ったのだ。床に横たわる彼の亡骸を見るたびに、その気持ちはどんどん強くなっていった。

 

 

 それに彼の遺言を見たとき、僕は彼と交わした会話の一部を思い出していた。

 

「母星に帰るには期限がある。だから君とずっと一緒にいるわけにはいかないのだ」

「任期があるってわけだね」

「その通りだ。宇宙の中では、地球はまだ若い星だ。宇宙に向けて、地球という星が安全であることを証明しなければならない」

 

 その時はただの世間話だったけれども、今となってはそれなりに大きな意味を持ちつつあった。つまり彼の亡骸が(遺体という形になってしまっているにせよ)母星に帰還しないということは、広い宇宙の中で地球の立場が危うくなってしまうということでもあった。

 

 とはいえ、僕は普通の大学生だ。典型的な文系人間だから、宇宙工学に関する専門的な知識もまったくない。それに現代の地球上の技術で、民間人がそう簡単に宇宙へシャトルを飛ばすことができるとは思えない。そうなると必然的に協力者が必要になってくる。宇宙船を建造することができるスキルを持った人間か、もしくは既存の宇宙船を奪取することができる人間か……。

 しかも彼との会話の中で、宇宙に還すためのタイムリミットも存在していることがわかっている。だが明確な期限はわからない。もしかしたら明日にでもそのタイムリミットはやってくるかもしれないのだ。

 

 絶望的……とまでは言わないが、具体的な道筋は全く思い浮かばなかった。いっそこのまま地球に埋葬してもいいのでは、とすら思った。たとえ地球が壊滅したとしても、その原因を知っているのは僕一人なのだ。誰かから責められるいわれはない。

 だが、僕はその度に何度も思いなおした。彼を宇宙に還すのは地球のためというよりも、僕の友達のためなのだ。彼は自分の愛した地球を、自らの母星によって壊されたくないのだ。僕は初めて、他人のために精神を奮い立たせた。

 

 

 真剣に道筋を考えた結果、「あまり大きな力を持たない人間、数人を説得して協力を仰ぐ」のが一番現実的な気がした。

 当然、技術力や資金面でいえばNASAやらJAXAやらに駆け込むのがベストだろう。しかし何の力もバックも持たない僕が彼らと対等に渡り合えるはずがない。そうなるとある程度の後ろ盾が必要になり、必然的にマスコミや大衆の力も借りなければならなくなる。すると一連の行動にいくらかのリスクを伴うことになる(宇宙人の遺体は彼らにとっても貴重なサンプルのはずだ)。それに彼を宇宙に還してやるというのは、僕と彼の間にある友情に起因する行動でもある。少人数なら僕でも感情のコントロールができるかもしれないが、あまり大勢になってしまうとその行動自体が別の意味を持ち始めてしまうような気がしてならないのだ。

 これは僕と彼の間の、瑣末な物事に過ぎないのだ。

 

 

 僕がまず最初にコンタクトを取ったのは、大学のオカルトサークルに居る人間だった。僕はオカルトに興味のある振りをして、真に宇宙人と向き合うことのできる(更に言えば、強いコネクションを持っている……使える)人間を探した。僕は興味本位でニセ宇宙を語る彼らに敵意を抱くことも少なくなかったが、彼らにしたって宇宙人というのはリアリティーを持って捉えられるものではないのだ。

 

 一ヶ月もオカルトサークルに通ううちに、一人、少し変わった男がいることに気がついた。彼は一見オカルトサークルの仲間内に溶け込んでいるように見えるが、その実他人とはほとんど会話をせず、時たまボーっとしながら空を見上げていた。僕は話の合わない他のメンバーよりも、口を開かない彼になんとなく親しみを覚え始めていた。

 

「何を見てるんだ?」

 その日はよく晴れた火曜日の昼間で、無口な彼は人混みに紛れてやはり空を見上げていた。彼は初め自分が話しかけられているとは思わなかったようで、若干挙動不審になりながらもしっかりと話し手の僕の顔を見返した。思えば、彼が僕と目を合わせるのは初めてだった。

「上を……オゾン層の向こうを」

「オゾン層ね。向こうには何があるんだろう?」

「地球だ。地球と同じものが、いくつもある」

 そういう考え方もあるのかもな、と僕は思った。

 

(RKTY’s 坂上稜線)

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