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背中越しのセンチメンタル【後】(坂上)

この記事は約7分7秒で読めます

 

 

 その後、オレは熊耳に連れられて図書館に戻った。

 もちろん、図書館はとっくに閉館していた。熊耳が合鍵を持っていたから入れたのだ。

 

「暗い図書館って始めてですか?」

 

 そうだよ、とオレは答えた。オレは熊耳と違って図書委員になったことはないから、そんな機会は一度もない。

 

「私は何度もあります。本当はいけないんですけど、実は何度か忍び込んでるんです」

 

 どうしてさ? とオレは聞いた。

 

「誰もいない、暗い図書館って、なんだか好きなんです。ここが自分の居場所なのかも、って感じられて」

 

 ふうん、とオレは答えた。

 オレはそういった安心感よりも、本棚の本達がオレ達を監視しているような気がして、落ち着かない気分になった。

 もちろんそんなことはありえないのだけれど、同じ場所にいても、そこから感じ取るものがここまで違うという事実が不思議に思えた。

 

 

 オレは熊耳に案内されて、受付の裏の部屋に通された。

 その部屋は図書館の事務室で、中には職員室にあるようなアルミの机が二つと来客用の低いテーブル、それにソファーが二つあった。

 

「座って待っててください。いま、コーヒーを入れてきますから」

 

 そう言われたのでオレはソファーに座って待つことにした。

 熊耳は冷蔵庫と流し台を行ったり来たりしながら、てきぱきと準備を整えていた。

 

「お待たせしました。簡単なお茶請けですけど」

 

 そう言う熊耳が持っていたトレーの上には、コーヒーカップが二つと包みにくるまれたクッキーの入ったボウルが置かれていた。

 ずいぶん手際がいいね、とオレは言った。

 

「たいしたことじゃないですから。本当ならもっと頑張って準備したかったんですけどね」

 

 オレは熊耳の入れたコーヒーを飲み、クッキーをかじった。

 コーヒーのカフェインは茫漠としていたオレの意識をはっきりと際立たせ、クッキーの糖分は頭の回転を早めた。

 昼飯からだいぶ経っていたこともあって、どちらもオレの身体にしっかり吸収されていった。

 

「このクッキー、美味しいですよね。司書のおばさんが週に一回焼いてくるんです。いつか作り方を教わろうかなと思ってるんですよ」

 

 司書のおばさんというと……オレも知っている顔だ。

 あの人にこんな特技があったなんて知らなかった。

 人はみかけによらない……とまでは言わないけど、誰しも意外な得意技を持っていたりするものだ。

 と、オレが一人で感心していると、熊耳がなんだかそわそわしていることに気がついた。

 クッキーに手を伸ばしていても、コーヒーカップを傾けていても、オレの様子をちらちらと気にしている。

 これはやっぱり……そういうことなんだろう。

 オレから話を振るべきかな、と考えていると、熊耳の方が先に口を開いた。

 

「あの、先輩……この前渡した本、読んでくれましたか?」

 

 この前渡した本……?

 あっ、と思わず口に出てしまう。

 そうだ。ちょっと前、最後に図書館に来た日の帰り。

 オレは池上からおすすめだと言われて本を借りたんだった。

 その後、いろいろなことがあって、図書館に来ることもなくなってしまったから……すっかり忘れてしまっていた。

 そんな風にオレが慌てたからか、熊耳はくすりと笑った。いつものように、口に手を当てて。

 

「そんなにあたふたしてる先輩を見るの、初めてです」

 

 熊耳にそう言われると、オレは恥ずかしくなって赤面してしまう。

 そして熊耳に頭を下げて謝った。ごめん、訳あってまだ読んでないんだ。

 

「だろうと思いました。あの本を読んで、先輩が図書館からいなくなるなんて思いませんでしたから……」

 

 ん? どういうことだろう。

 そんなに魅力的な本なんだろうか。二人で内容を話し合いたくなるような……?

 

「今、あの本持ってますか?」

 

 オレは頷いて、鞄の奥底にしまいこんであった本を取り出した。

 ブックカバーの端が少し汚れてしまっていたけれど、概ね借りたときと同じ状態だ。

 

「本を開いてみてください」

 

 オレは熊耳に言われた通り、ハードカバーの表紙を開いた。

 すると最初のページに、二つ折りになった紙が一枚挟んであった。

 これは? という顔で熊耳を見てみた。熊耳は笑顔のまま、オレを見ていた。

 熊耳は何も言わなかったが、オレがこの紙をどうすればいいのかは、十分に理解できた。

 そして、この紙に何が書いてあるのか、ということも。

 

 

 

 

 夜の河川敷。子供の頃、よく遊び場にしていた公園に、オレはいた。

 昨日、雨が降ったおかげで地面はぬかるんでいて、湿っぽい草の香りが辺りを包んでいた。

 草の香り――子供の頃は意識したことなんてなかった。

 でも今のオレは、確かに草の香りを感じることができる。

 これは成長……なんだろうか?

 

「待たせたな」

 

 オレが目を閉じて昔の思い出に耽っているうちに、池上がやってきた。

 池上は土手の上からオレを見下ろしていた。

 ちょうど池上の後ろに月の光が重なり、夜なのに眩しく思えた。

 

「遅れてすまない。両親の隙を見て抜け出すのに時間がかかってな」

 

 謝るなんて池上らしくないじゃないか、とオレは言った。

 

「そんなことはない。非が自分にあるのなら、私は素直に認めるぞ」

 

 そして池上は転ばないように土手を一歩一歩、ゆっくりと降りてきた。

 池上がオレに向かってくるなんて――久しぶりだ。

 

「この公園、まだあったんだな」

 

 ああ、とオレは頷いた。

 といっても、オレも最近になるまで、この場所が綺麗に残っているとは思っていなかった。

 学校帰りの寄り道で、たまたま目にしていたのだ。

 

「覚えてるか? この公園で、私が初めて二重跳びができるようになったのを」

 

 覚えてる、とオレは言った。

 負けず嫌いの池上の縄跳びの特訓に付き合っていられたのは、オレだけだったからだ。

 おかげでオレも縄跳びはかなり得意になった。

 あの頃は、まだオレも池上についていけてたんだ。

 でも人一倍がんばり屋な池上は、オレの知らないところでもどんどん自分の力を磨いていった。

 そしてオレはそんな池上の背中を見ているだけで、精一杯になっていった。

 

「あれから、ずいぶん時間が経った」

「ああ。小学校、中学校、高校――たった十年ちょっとだけど、オレたちにとっては大事な時間だった」

「そうだ。もう昔のままじゃいられないんだ、私たちは」

「わかってる。だから、怖かったんだよ、オレは。それと向き合うのが」

「でも、今夜はお前が私を呼んだ。そうだな?」

「もう待つのはやめたんだ」

 

 池上は何も言わずに頷いた。

 

「中学二年の夏、オレは池上に告白した。オレは池上のことが好きだった。きっかけは子供の頃の些細な言葉だ。でもその言葉は時間をかけてゆっくりと膨らんで、オレの心を覆いつくしていった」

「私は待ってほしいと言った。私にとっても、間違いなくお前は大切な人だった。他の人と違って、お前だけは私のことを当たり前の人間として見てくれたからな。良い家の一人娘だと色眼鏡をかけずに接してくれたのはお前だけだった」

「あの頃のオレは焦ってたんだ。中学校に進学して、池上の周りにいろんな人が近づいてくるようになった。男女問わずに。なんだか、自分の身体の半分がどこか遠くへ行ってしまうような気がしてた。だから繋ぎとめておきたかったんだ」

「私もわかっていたよ。でも私は結局のところ、家からは逃げられない。私と付き合っていくということは、お前にも大きな負担を強いてしまう。それはマイペースなお前にはつらいことだろうと、私は考えていた」

「そこで逆境を乗り越えていくだけのバイタリティが、オレにはなかったんだ。お前と同じ進学校に入学するだけでせいいっぱいで、後はいつも通りのオレだ。お前の背中はどんどん離れていく。なのに、物理的な距離だけは今までと変わらない。肩を並べて学校から帰る。その齟齬が、オレの無力感をどんどん深めていった」

 

 いつしか、オレと池上は肩を並べて夜空を見上げていた。

 ずっと昔にそうしていたように。

 

「初めのうちは仲の良いクラスメイトもいたけれど、話はなかなか合わなかった。みんな立派だからさ、オレみたいなのんびりした人間を見ると苛立つんだよ。そんなところにノコノコ入ってしまったオレの責任でもあるわけだけども」

「いや、私の責任だ。もっと早く、お前に全てを打ち明けて伝えるべきだったんだ。私と付き合っていくことがどういうことなのか。そうすればお前だってもっと早くに覚悟を決めて、別の道を選ぶこともできた。でも、私はお前と別れてしまうのが怖かった」

「怖かった? 池上が?」

「そうだ。お前がいなくなってしまったら、私は池上家の長女でしかなくなってしまう。誰も一人の当たり前の子供だとは見てくれなくなってしまう。それが怖かったんだ。何度も言うが、お前は私を普通の子供として見てくれる唯一の人間だったんだ」

「……そんな風に池上に褒められたの、初めてだな」

「私もやめたんだ。待つのは」

 

 暗くてよくわからなかったが、池上もオレの顔を見て笑ったような気がした。

 

「でも時間は巻き戻せない。私たちはもう後戻りのできないラインまで進んでしまった。そうだな?」

 

 オレは頷いた。

 

「だからこれは、オレの思い出だ。池上に伝えられなかった最後の思い出。これが済めば、オレ達はまったく違う道を歩いていく。ようやく分かれ道にたどり着いたんだ」

「ずいぶんと……長かった。でも私たちはここまでやってきた。それに間違いはない」

「間違いも正しいも無いよ。ただオレ達はここにいる。それだけだ」

 

 そしてオレは口を開いた。

 

 

 

 

 池上は高校卒業後、海外の大学へ留学した。オレの知らないところで語学も学んでいたのだ。

 今ではもう会うこともないけれど、人づてに話を聞くたびにどこか誇らしく思うこともある。

 あいつは本当にすごい奴だったんだ。

 

 一方でオレは高校卒業後、中学の時の旧友の紹介で中古レコードショップで働いている。

 もともと父の影響で、クラシックな音楽はある程度の知識があったのだ。

 そして同僚の勧めで新しくギターも始めた。

 今まで考えたこともなかったけれど、実際にギターを弾いてみると、自分にフィットするような、しっくり来る感覚を覚えることができた。

 今は同僚に教えてもらう程度のレベルだけれど、いつか誰かと一緒に演奏できたらいいな、と考えている。

 

 そして――。

 

 

 

 

「お疲れ様です、先輩!」

 

 仕事を終えて店を出ると、店の前で熊耳が待っていた。

 

「今日も忙しかったですか?」

「今日も暇だったよ、熊耳。今どきレコードなんて流行らないんだよ」

「だからギターを始めたんですよね? 先輩の演奏で人を呼び込むために」

「そんな風に言わないでくれよ。プレッシャー感じちゃうからさ」

「えへへ、くじけそうな時は私を頼ってくださいね?」

 

 熊耳はそう言って俺の腕に抱きついた。

 昔、図書館で出会ったときと同じ匂いが、オレの心を和ませた。

 

「じゃあ、今日の晩飯はチャーハンがいいな」

「わかりました! チーズたっぷりの特製チャーハン、先輩のために作ります!」

 

 オレはふと夜空を見上げた。

 あのときに見えた星空は、今では別の星空に変わっていた。

 

(終わり)

 

 

(RKTY’s 坂上稜線)

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絵描き: 雪松
物書き: 坂上
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