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こんにちは。私は同じクラスの金澤みづきです。
突然、こんな形でロッカーに手紙を入れてしまって驚いたでしょうか? もし驚かせてしまったのなら、ごめんなさい。
今回は、谷合くんに二つ、伝えたいことがあってこの手紙を書きました。手紙を書く、なんて小学生以来のことで……とても緊張しています。
一つ目は、私が夏休みの間に広島に転校してしまうこと。
担任の先生には伝えてありますが、私がいる間は皆には秘密にするようにお願いしました。
だって、仲の良い友達もいないのに……最後だけちやほやされるのって、なんだかずるいと思って。
だから谷合くんも、私の転校は秘密にしておいてくださいね。お願いです。
二つ目は、八月三日にある花火大会へのお誘いです。
毎年、家族で行っていた花火大会があるんですが、今年は引っ越しの準備で忙しくて私一人で行くことになりそうです。
今住んでいる家を引き払うのが五日なので、東京で誰かと会う最後の機会です。
……もちろん、嫌なら断ってくれても構いません。どうせ東京からはいなくなってしまうんですから。
でも、もし……もし、谷合くんが時間をくれて、一緒に行ってくれるのなら、夕方の四時に学校の校門前にいてください。
どっちも急なお知らせでごめんなさい。
でも私は、谷合くんと一緒にやった文化祭係のことを、ずっと覚えています。
七月十八日 金澤みづき
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金澤は、一学期の最後の日に、ロッカーの隙間からこの手紙を入れたのだ。
でも手紙はロッカーの中ではなく、扉の内側の凹みにうまく嵌まり込んでしまった。ロッカーの扉の内側を確認することなんてないから、僕はそれに気付かずにいて……。
「おい、顔が蒼いぞ。体調でも悪いのか」
「いや……違う……」
僕の脳裏に、いろんな出来事がフラッシュバックした。
金澤と初めて会話をした時――。
「こんにちは、谷合くん。係、よろしくね」
「ああ、うん。こっちこそ」
話し合いの時、金澤が落とした消しゴムを拾ってあげた時――。
「はい」
「あ、ありがとう……谷合くん」
金澤の方から、一緒に帰らないかと誘われた時――。
「部活は? 今からでも間に合うんじゃないの」
「ううん、今日はいいの。もうね、遅いから」
帰り道、僕らが分かれる地点にたどり着いた時――。
「じゃあ、僕はこっちだから」
「うん……また、明日ね」
「ああ。また明日」
無事に文化祭が終わって、僕らの仕事も無くなった時――。
「無事に終わったね。お疲れ様」
「おつかれ、さま……。ねえ、谷合くんは来年も文化祭係、やる?」
「来年も? うーん、どうかな。今年もくじ引きで決まったことだったし」
「そう、だよね……」
僕は二年生になってからは図書係になった。金澤から言われていたことなんて、すっかり忘れてしまっていた。
でも僕は、竹口から金澤が転校するらしいという話を聞いた時――。
(金澤が、転校する? 僕の前から居なくなる?)
ショックを受けていたのだ。その時は言葉にできない感情だったが、確かに僕は金澤の姿を眺めていた。
「金澤、バスケうまいよね」
「そりゃね。バスケ部でしょ?」
金澤が誰かに褒められていると、なんだか僕も誇らしい気持ちになっていた。
「金澤さんって、付き合い悪いよねぇ」
「うんうん。いつも俯いてるし。バスケ以外、何してるんだろうねぇ」
金澤が陰口を叩かれていると、僕は腹立たしい気持ちになっていた。
「金澤さん、この前のノートだけど」
誰か男子と話しているのを見ると、僕は心をちくっと刺されたような気持ちになっていた。
(なんだ……僕はもう、ずっと前から……)
そう思った瞬間、僕は教室を飛び出していた。
背中越しに竹口が呼び止める声が聞こえた。でも僕の足はもう止まらない。
僕は金澤からの手紙だけを手に持って、一目散に空港へと急いだ。
◆
その後僕は竹口にメールで事情を説明して、担任への学校を早退した言い訳と共に、金澤の引っ越し先の住所を教えてもらった。
僕は礼を言って、住所をグーグルマップで調べてみた。鹿児島空港から少し離れたところに、その住所はあった。
金なら、夏休みのバイト代が手付かずで残っている。飛行機に乗って帰ってくるくらいなら問題はない。
ただ、一番の問題は……金澤が、僕に会ってくれるかどうか、ということだった。
金澤からしたら、僕は既に過去の人間になっているはずだからだ。僕が気付いていなかったとはいえ、金澤からのお誘いをすっぽかしたのだから……。
でもだからといって、このまま放置しておくわけにはいかなかった。謝ることができるのなら、面と向かって謝りたかった。
だって僕は、金澤のことが好きなのだ。
空港まで必死に急いだせいか、飛行機の中で僕はすっかり眠り込んでしまった。
短い眠りだったが、僕は夢を見た。長い長い夢の中で……僕と金澤は、二人並んで夏の夜空を見上げていた。
「花火、いつ上がるのかな」
「もうすぐよ。空が一番静かになったところで、大きな花火が上がるの」
「空が静かに?」
「そういう感覚ってこと。ほら、耳を澄まして……?」
(終)
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