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浪漫飛行【中】(坂上)

この記事は約4分4秒で読めます

 

 

 結局、一学期が終わるまで金澤の転校がホームルームで触れられることはなかった。

 あれ以来、僕はちょくちょく金澤の姿を目に留めるようになったけれど、特に変わった様子も見受けられなかったので、あれは竹口の勘違いなんじゃないかとも思うようになった。

 それは竹口本人も同じで、まあ二学期が始まれば分かるよということになった。

 

 夏休みが始まり、僕は駅前のファミレスで短期のアルバイトを始めた。特に何かが欲しかったわけじゃない。「働いてお金を稼ぐ感覚」が知りたかったのだ。

 駅前ということもあって仕事は結構キツかったけれど、同僚や社員の人は皆親切で、辞めたいと思うことは一度もなかった。

 そして意外なことに……接客が楽しいと感じる自分がいることに、ある日気が付いた。僕自身、そんな適性があるとはほとんど考えていなかったので、これは個人的には大きな発見だった。

 

 そんな日が続いていた、八月の半ばのことだった。例によってお昼過ぎに店に入り、制服に着替えてフロアに出た瞬間、たまたま目の前を見覚えのある顔が通り過ぎていったのだ。

 

(……金澤、か?)

 

 それはあまりに唐突な出会いだったので、その時には声をかける間もなかった。

 制服姿の金澤はドリンクバーのカップを持って、窓際の席に一人で座っていた。傍らには大きな部活用のバッグがあった。

 部活帰りか、と一瞬考えたが、それにしては時間が早い気がした。高校の近くのファミレスだったのでうちの学校の生徒もよく見かけたが、部活帰りといえばだいたい夕方が相場だ。

 それに部活帰りにファミレスといえば集団で来るのが当たり前だ。皆と別れて一人で来るなんて、普通じゃない。

 僕は金澤のテーブルの注文を確認して(金澤は冷やし中華を頼んでいた)、出来上がった料理を素早くトレーに載せて運んだ。

 

「お待たせしました」

 

 僕がオーダーした料理を運んできたことに対して、金澤は少なからず驚いていた。

 

「谷合、くん……? ここで……働いてたんだ」

「夏休みの間だけだよ。金澤と違って、部活やってないからさ……暇なんだ」

「そう……」

 

 そこで僕らの話は終わった。ピンポーン、と他のテーブルからの呼び出し音が鳴ったので、僕は「ごゆっくり」と言って金澤のテーブルを離れた。

 

 その後、お昼時ということもあって店内は慌ただしくなった。次に気がついた時には、金澤は既に会計を終えてまさに店から出ようとしているところだった。

 僕はその後姿を見て、呼び止めようと逡巡した。転校の噂が本当なのか、直接本人に聞いてみようと思っていたのだ。

 しかし足早に立ち去ろうとしている金澤に、声をかけるだけの行動力は僕にはなかった。躊躇してしまったのだ。僕はただ店内から金澤を見送るしかできなかった。

 

 だが、金澤は……。ちらりと振り向いて僕の姿を認めたと思うと、小さく手を振ったのだ。

 金澤が別れ際に手を振るのは、初めてのことだった。以前、一緒に帰っていた時には、そんなことはしていなかった。

 

 あるいは、それは些細なことだったかもしれない。ただの考えすぎかもしれない。

 ただ僕はそれを見て、自分が何か取り返しのつかないことをしてしまったような気持ちになった。

 僕はその場に呆然と立ち尽くし、社員に注意されるまで胸のざわめきを抑えることができないでいた。

 

 

 二学期が始まって、僕は最初に金澤の机を確認した。

 一学期まで金澤が座っていた机は既に撤去されていた。窓際の真ん中の席だったので、そこだけが不自然に空いてしまっていた。

 ホームルームが始まって担任が金澤の転校を報せると、クラスはちょっとだけざわついた。

 しかしもともと孤立しがちだった金澤について多くの話題を持っている者はほとんどおらず、始業式から三日も経つ頃には金澤の転校は流行遅れになっていった。

 

「本当に転校したんだな」

 

 昼休み、僕は竹口と一緒にグラウンドの脇のベンチの上で惣菜パンを食べていた。

 

「あんまり音沙汰がないもんだから、俺も聞き間違いじゃないか不安だったけどさ」

「ん、ああ……」

「……? どうした? ここんとこボーっとしてるけど……夏休みボケか?」

「……そんなにボーっとしてるかな」

「ああ。いつもは焼きそばパンなのに、二学期に入ってからは毎日違うパンを買ってるしな」

「それは……ただの気まぐれだよ」

「今までと違うって意味じゃおんなじだろ」

 

 それもそうかもしれないけれど……。

 まあ、いい機会だから竹口には話しておこうと僕は思った。夏休みに、バイト先のファミレスで金澤と会ったこと。短い会話を交わした後で、別れ際に金澤が僕に向かって手を振ったこと。

 そしてそれを見て、どこかもやもやした感情を抱いたこと……。

 

「そりゃ谷合お前、恋だろ」

「言うと思ったよ」

「いや、冗談じゃなくてさ。お前ら二人で文化祭の係やってことあっただろ?」

「やってたけど……特に何も起こらなかったよ」

「同じ時間を共有してる、ってのは大きいと思うぜ。それに恋自体に、自分で気付いてないことだってある」

「ハハ……どうかな」

 

 僕は竹口の言葉を軽く流しながらも、強く否定できないことを実感していた。

 僕は……金澤のことが、好きだったのか? ほとんどまともに話したこともない、高校に入ってからたった一年しか付き合いのない女の子のことが、好きだったのか?

 

 結局僕は竹口の言葉にさらに困惑させられながら、教室に戻って、次の授業の道具を用意するために自分のロッカーを開けた。

 

ひらっ……

 

 するとロッカーの中からひらひらと紙のようなものが落ちていくのが見えた。

 僕はそれが床に落ちたのを見届けてから、拾い上げて表面を確認してみた。

 

(封筒、か……?)

 

 真っ白な封筒だった。シールで封をされてはいるが、封筒それ自体には名前も何も書かれていない。ライトに透かしてみると、中にはきちんと手紙が入っているようだった。いたずらとかではないみたいだ。

 僕はシールを剥がして、封筒の中身を見てみることにした。手紙は二つ折で、丁寧な字で文章が書かれていた。僕は特に何も考えず、手紙をその場で読み始めた。

 しかし、そこに書かれていたのは……。

 

「谷合、どうした? なに読んでるんだ?」

 

 いつもの調子で話しかける竹口だったが、手紙を読み終えた僕の額には冷や汗が滲んでいた。肩は震え、動悸は激しくなり、脳内を様々な思考が駆け巡った。

 

 その手紙は……一学期の間に、金澤が僕のロッカーに入れたものだったのだ。

 

(続く)

 

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絵描き: 雪松
物書き: 坂上
作曲家: 全全力力
演出スクリプター: 実槻

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