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波が砂をさらう日に [ラブライブ!](坂上)

この記事は約15分14秒で読めます

 

「海未ちゃん、ことりちゃん、おはよっ!」

「おはようございます、穂乃果」

「おはよう、穂乃果ちゃん!」

「珍しいですね、朝の待ち合わせに穂乃果が遅れないなんて」

「むう、海未ちゃん! 穂乃果、そんなに寝坊してないよ! せいぜい週に三回くらいだよ!」

「半分以上遅刻してる計算だよ、穂乃果ちゃん……」

「少なくとも休み明けの月曜日に遅れないというのは、珍しいといってもいいでしょう。昨日も夜更かししていたのでしょう?」

「げっ、なんでわかるの? ひょっとして海未ちゃん……エスパー?」

「幼馴染みなんですから、そのくらいの行動パターンは読めます!」

「それに穂乃果ちゃん、目の下にクマが出来てるよ」

「あはは……ふわーあ」

「はしたないですよ、そんな大きな口を開けて」

「昨日は何をしてたの?」

「うん、お父さんが持ってた漫画を借りて読んでたの」

「へえー、穂乃果ちゃんのお父さんって漫画読むんだ」

「意外ですね。黙々と時代小説を読むようなイメージがありましたが……」

「私もそれでびっくりしたから、どんな漫画なんだろーと思って借りてみたの。そしたら結構面白くてね」

「どんなタイトルの漫画なのですか?」

「『静かなるドン』っていう漫画だよ」

 

 

 いつからでしょうか。私――園田海未が、幼馴染みの高坂穂乃果に興味を抱かなくなったのは。

 いえ、この言い方はいささか語弊があるかもしれません。正確には、「高坂穂乃果に対して恋心めいた感情を抱かなくなった」といった方が適切でしょう。

 

 幼い頃の私にとって、穂乃果はまさに太陽のような存在でした。気まぐれで、行き当たりばったりで、飽きやすくて。でもいつも必ず傍にいる……。恋愛のイロハも、性の知識も持たなかった幼い私が、身近にいた穂乃果に憧れめいた恋心を抱くのは、ある意味では必然だったといえるでしょう。

 

 とはいえ、自分の心変わりを感じたのは決して初めてのことではありませんでした。一番最初は……そう、小学校で性教育を受けた時でした。私の家は厳格でしたから、そのような浮ついた類の書籍、メディアは一切ありませんでした。あるいは、持っていたとしても私の目に触れることはありませんでした。ですから、顔を真っ赤にしながら受けた授業で、異性同士が愛し合い結びつきあうのは、ただの感情的な作用によるものではないと知った時にはとても衝撃を受けました(もちろん穂乃果はグースカ寝ていましたが)。

 次に起きたのは、ことりに恋人がいるのではないかという疑惑が湧き上がった時のことでした。私たちは中学二年生で、否が応にもそのような物事に興味を持つ時期だったのです。十二月に入った途端に用事があるといって一人で帰るようになったことりを見て、穂乃果は「ことりちゃんに彼氏ができたんじゃないか」と疑い始めたのです。私はことりが服飾に興味を持ち始めたことを知っていましたので、「クリスマス会に向けて編み物でもしているのでは」と思っていたのですが(そしてそれは実際に当たっていました)、ことり本人がそのことを口にしないということは私たちには秘密にしているということですので、迂闊に穂乃果に説明することもできませんでした。ことり恋人疑惑自体はクリスマス会当日になって無事に雲散霧消したのですが、私はそれよりも穂乃果の口から「彼氏」という言葉が出てきたのがショックでした。無意識なのでしょうが……穂乃果にとっても、女性の恋人といえば「男性」なのです。

 

 それでも、私は変わらずに穂乃果への恋心を持ち続けていました。

 もちろんこの恋が叶うことはないでしょう。私本人にしても、高校生になった今になって、この恋を積極的に叶えようという気はほとんどありませんでした。ですが、穂乃果には私の太陽であり続けてほしい……私にとってのアイドルで居続けてほしかったのです。この恋心はいわば、私にとっての穂乃果への感謝の気持ちだったのです。

 

 ですがある時を境に、穂乃果への恋心はぱったりと消えてしまいました。

 

 

「あら、海未だけなんて珍しいわね」

「こんにちは、にこ」 

「あとの二人はどうしたのよ」

「穂乃果は家の用事で、ことりは次の衣装作りで先に帰りました」

「ふうん。それで海未だけ部室でたそがれてんのね」

「たそがれ……そのようなことは」

「ぼーっと椅子に座ったままのあんたを、たそがれてるって言うのよ。弓道部にも顔を出さないでボケーっとしてるなんて海未らしくないじゃないの」

「それは……まぁ」

「元気ないわね。何か悩み事でもあるの?」

「悩み……ですか?」

「悩みといえば……そうなのでしょうが」

「にこに話せることなら、聞いてあげるけど?」

「……少し考えさせてください」

「ま、無理しなくてもいいからね。気が向いた時にでも……」

「にゃーん!」

「うわっ!?」

「にこちゃん、海未ちゃん、こんにちはにゃ!」

「はい、凛。こんにちは」

「もっと静かに入ってきなさいよ! ドアが壊れたらどうすんのよ!」

「生徒会に言えばいいにゃ」

「予算減らされるでしょ!」

「トップはうちのメンバーなんだからどうにでもなるにゃ」

「あ、あんた……たまに頭がいいのか悪いのかわからなくなるわね……」

「それよりも海未ちゃん、穂乃果ちゃん知ってる? 教室にもいないみたいなんだけど」

「今日は家の用事があると言って先に帰りましたよ」

「用事? 確定申告かにゃ」

「あんた、意味わかって使ってんの?」

「そのような用事ではないとは思いますが……穂むらも忙しいですから」

「そうなんだー。練習お休みだから一緒にゲームセンターに行こうと思ったんだけど」

「ゲームセンター?」

「うん。穂乃果ちゃんに教えてもらったダンスゲーム、超絶鬼畜ロイヤルエクストラメガハードモードをクリアできるようになったから見せびらかそうと思ったんだにゃ」

「ちょ、ちょうぜつ……?」

「もはや何のゲームかわからないわね……」

「二人はこの後、何か用事があるのかにゃ?」

「いえ、私は特に」

「にこも無いわね」

「じゃあこの三人でゲームセンターに行こうよ!」

「え、ゲームセンターですか?」

「海未ちゃんと遊んだことはあんまりないし、にこちゃんにもこの前のUFOキャッチャーでの借りがあるにゃ」

「ふうん、面白そうじゃない。最近アイドルグッズもチェックしてなかったし、休みがてら秋葉原を偵察ってのもいいわね」

「わ、私は……」

「無理そうなら早めに切り上げてあげるから。たまにはわかりやすいストレス発散も大事よ」

「……にこ」

「二人ともどうするにゃ?」

「行くわよ! ほら、海未」

「は、はい」

 

 

 それと時を同じくして、私たちはスクールアイドルとして活動を始めました。μ’s――新しい仲間が増えたのです。可愛い後輩、頼りになる先輩……皆で過ごす時間が増えていくにつれ、二年生の三人で会う時間は減っていきました。皆で練習している時はともかく、ユニットやデュオ・トリオとなると顔を合わせる機会も減り、また一緒にいたとしても、穂乃果の相手をするのは私だけではなくなってしまったのです。

 ……決して、他のメンバーを妬んでいるわけではありません。穂乃果は私だけではなく、皆にとっての太陽だったというだけのことなのです。その光を私が独り占めしようなどどいう考えがおこがましいことだったのです。幼い頃の私のように、ひた向きな穂乃果に助けられたメンバーが今のμ’sなのです。皆が穂乃果を慕って、穂乃果も皆を好きなのです。私一人が必死に愛さなくても、穂乃果を支える人間はたくさんいるのです。

 

 そして私も変わりました。真姫の作った曲に歌詞を付けていく過程で、様々な思いを文字にして形作りました。作詞をしている最中は、不思議と自分が何にでもなれるような、そんな気分になることができるのです。挑戦を繰り返すゆずらない瞳、静かに変わる運命の気配、星より確かな愛……どれも、スクールアイドルを始める前の私から生まれる言葉ではありませんでした。

 それは、穂乃果だけのおかげで成ったものではありませんでした。もちろんきっかけは穂乃果でしたが、今の私がこうしているのはμ’sのメンバー、全員のおかげなのです。……適切な言葉が思い浮かびませんが、誤解を恐れずに言うのであれば「穂乃果に頼らなくてもいいようになった」のです。穂乃果が私から離れていったように、私も穂乃果から離れていったのです。ただ少し違うのは、私は穂乃果と違って誰かの太陽になることはできないということ。私はμ’sの仲間達に囲まれながら、一抹の心細さを感じていました。

 

 そして私はいつも、穂乃果のことを考えるとどうしても言い訳のようになってしまう自分の心に嫌気が差すのです。

 

 

「あー、楽しかった!」

「海未がUFOキャッチャーに熱くなるなんて意外ねえ」

「うう……あまり蒸し返さないでください」

 

「それじゃ、私の家はこっちだから。また明日ね」

「はい。さようなら」

「ばいばいにゃー」

「でも、海未ちゃんを誘ってよかったにゃ!」

「凛?」

「凛たちユニットは一緒だけど、あんまり一緒にいることってない気がしてたの。あ、9人ではいつも一緒だけど……」

「二人きりということがない、ということですか?」

「そうそう、それにゃ! 学年ごとに固ってるから、こういうオフの日に遊ぶとなんだか新鮮な気分になれるにゃ」

「それは私も同じです。ですが、そういうことであれば次回は希も誘わないといけませんね」

「もちろんにゃ!」

 

「凛は穂乃果に似ていますね」

「え?」

「底抜けに明るいところや、ずっと前向きなところ、他人を引っ張る力があるところ……」

「海未ちゃんに褒められると……なんだか照れるにゃ」

「凛も、誰かの太陽なのでしょうね」

「たいよう?」

「! い、いえ……何でもありません。……それでは、私はここで」

「あ、うん。また明日ね!」

 

 

 よく考えてみれば、今日、三人で遊んでいる間も私はずっと穂乃果のことを考えていました。……いや、考えようとしていました。凛を穂乃果に投影して、凛に優しくすることで、穂乃果への恋心を呼び覚まそうとしていたのです。でもそれは、自分をより惨めに見せただけでなく……恋心が完全に消えてしまっていたことを再確認させるだけでした。

 私は卑怯な人間です。凛は心の底から、私と一緒にいる時間を楽しんでいてくれたのに。私は凛を自分の心の迷いの吐け口にしか捉えていなかったのです。

 

 私は酷い自己嫌悪に陥りました。お父様の言葉が頭をよぎります。「未熟」「未熟」「未熟」――とても穂乃果に顔を見せることはできません。いえ、それどころか穂乃果の顔が頭に浮かんだだけで、胃がきりきりと音を立てるように締め上げられるのです。

 そのうちに私は立っていられなくなり、思わず近くの電柱にもたれかかりました。はしたなく地面に座り込む私を見て、穂乃果はどう思うでしょうか? たぶん優しく声をかけてくるでしょう。

「海未ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

 そんな穂乃果に、私はどう答えたらいいのでしょう?

 

 

「おっはよー……あれ?」

「おはよう、穂乃果ちゃん」

「海未ちゃんは? 一緒じゃないの?」

「うん、今日は用事があるから先に行くって」

「へえ、弓道部かな?」

「うーん、何も言ってなかったけど、たぶんそうじゃないかな?」

「大変だよねぇ、スクールアイドルに弓道に日舞に剣道……」

「作詞もだよ、穂乃果ちゃん」

「そうそう! そういえば、海未ちゃんに新しい作詞を頼んでるんだった!」

「それって新しいソロ曲の?」

「もう曲は出来てるから、後は作詞だけなんだって! どんな歌になるか楽しみだよね!」

 

「おはようございます」

「おはよー、海未ちゃん!」

「あれれ? お、おはよう海未ちゃん」

「どうしたのですか、ことり。狐につままれたような顔をして」

「……ううん、なんでもない。用事は済んだ?」

「ええ。早くに終わりましたよ」

「そうなんだ」

「海未ちゃん! 穂乃果のソロ曲の歌詞なんだけどさ……」

 

 

 私は嘘をつきました。可愛い冗談ではなく、醜い嘘を。

 

 昨日家に帰った後も、私は必死に穂乃果のことを考えようとしました。ハツラツとした声、大げさな仕草、時折見せる憂いの表情――昔の私であれば、想像しただけで顔を紅潮させてドキドキしていたでしょう。それが今となっては、ただの精神的な負荷にしか感じられないのです。恩人ともいえる穂乃果を、ただの障害としてしか見れなくなってしまう……そんな自分がますます嫌になる。自分の弱い心に打ち勝つために、穂乃果のことを考えると、心がぎゅっと締め付けられる……そんな悪循環が、私を苛み続けていました。

 

 この気持ち――穂乃果への恋心――は誰にも話したことはありません。だから、何も知らないふりをして、いつものように穂乃果と接すればそれでいい話なのです。

 でも私にはできなかった。どうしても、穂乃果を裏切るような気持ちになってしまうのです。

 

 この気持ちは今日で収まるかもしれませんし、そうでなければまた用事があると言って先に来ればいいだけの話なのです。少しでも、穂乃果に名前を呼ばれたくない。「海未ちゃん」と呼ばれるたびに、私のこころはずきずきと鈍く痛むのです。こんなことをしていても長続きするはずがない、根本的な解決にはならない――そう頭ではわかっていても、代わりの方法は何も浮かびませんでした。結局のところ、私自身の心の問題なのですから。

 

 

「海未、いる?」

「にこ? ここは二年生の教室ですよ」

「わかってるわよ。ちょっと部室まで来てくれない?」

「ええ、構いませんが」

「じゃ、先に待ってるわ」

 

「失礼します。……にこ一人ですか」

「悪かったわね、穂乃果が居なくて」

「……穂乃果、ですか?」

「ことりから聞いたわよ。穂乃果のこと、避けてるんだって」

「私が、ですか」

「私は海未としか話してないわよ」

「……そんなことはありません。避ける理由もありません」

「正直、私も海未が穂乃果を避けてるようには見えなかった。一応他のメンバーにも聞いてみたけど、一年生も三年生も、そんなこと考えもしてなかった」

「その通りですから」

「でもね、一番仲のいいことりがそう言ってるの。それでわざわざにこに助けを求めてきたのよ? どういうことか、海未ならわかるでしょ」

「……さあ」

「意地でもわからないって言うつもり? あんた達の友情はそんなものだったの?」

「……っ」

「それとも? 仲が良いと思ってたのはことりと穂乃果だけで、あんたは二人のことはどうとも思ってなかったの?」

「……」

「何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」

「私は……」

「……」

「……私は!」

 

 

 ことり……。何かしらの違和感に気付いていることはわかっていましたが、こんなに早くに対応されるとは思ってもみませんでした。やはり、幼馴染みというものは……。

 

 にこが私を挑発するような言動をしたのも、私のためを思ってのことだとわかっていました。いつもにこは仲間のために汚れ役を買って出ますから。

 しかし、頭ではわかっていても心を抑えることはできません。私はつい発作的に大きな声を出そうとしてしまいました。穂乃果への気持ちの整理がついたわけではないけれど、それが強引な嘘だったとしても、幼馴染みの二人をけなされるのは私にとって我慢できることではなかったのです。にこもそれを予想していたのでしょう。口元をきゅっと結んで、いつになく真剣な表情で私を見ていました。それは、頭に血の上った私には余計に腹立たしく思えたのです。

 

 そんな私を止めたのは、部室に忘れ物を取りにやってきた希でした。止めたと言っても、希が何かをしたわけではありません。ただいつものように掴みどころのない声で部室に入ってきて、私たちと軽い世間話をして出て行っただけでした。

 希が何かに気付いていたのかどうか……それはわかりません。とはいえ、希が部室に来てくれたおかげで、私は頭を冷やすことが出来ました。希が去った後の部室で、緊張の解かれた私達はふうと安堵のため息をつきました。

 

 ですが、何も問題が解決しなかったのもまた事実――。衝突は免れましたが、果たしてそれでよかったのかどうか……私にはわからないままでした。

 考えがまとまらず、うつむいたままの私。そんな私に、にこはある提案をしました。

 

 

「――お邪魔します」

「ちょっと待ってなさい。妹達に説明してくるから」

「はい……」

 

「うわぁ、うみさんだ!」

「いらっしゃい!」

「こんばんは。今日は……」

「あがってくださいニコ!」

「えんりょしないでくださいニコ!」

「は、はぁ」

「ちょっと二人とも、海未ちゃんが困ってるでしょー?」

「いえ、お構いなく」

「こっちこっちー!」

「こころのだんすみてほしいニコ!」

「まったく……」

 

「ふう……」

「妹さん達は寝ましたか?」

「ええ、おかげさまでね。子守りさせちゃって悪かったわね」

「いえ、私も楽しかったです。なんだか妹が欲しくなりますね」

「海未は一人っ子なんだっけ?」

「歳の離れたお姉さまが居ますが……下には居ませんね」

「ふうん。あんまり妹っぽくは見えないわね」

「お姉さまは早くに家を出て行きましたから……」

「なるほど。それでこんなにお堅く育ったわけね」

「……そんなに堅いでしょうか」

「自分で気付いてない辺りが特に、ね」

「そう言われてしまうと……返す言葉もないですね」

「さて、じゃあそのお堅い海未ちゃんに話を聞こうかしらね。覚悟はできてる?」

「はい……そのつもりで来ましたから」

「誰にも遠慮する必要はないからね。今、この時だけは自分のことだけ考えなさい」

 

 

 私はにこの提案で、矢澤家に泊まることになりました。あのまま部室にいても、私の本音を聞くことはできないと踏んだのでしょう。実際、あの後の部室には絶え間なく人がやってきてしまい、とても真剣な話をする雰囲気にはなりませんでした。

 それに私としても、きちんと考えをまとめる時間が必要でした。自分が今どうしてしまったのか、今後どうしていけばいいのか……肝心なことはわかりませんが、それでも他人に話すためには、ある程度の準備が必要でした。

 

 そう、いつの間にか私は、にこに全てを話そうという気になっていたのです。不思議なものです――今まで誰にも相談できず、いや、他人に話すなんて心にも思わなかったことを、こうもあっさりとやらせてしまう……。あまりいい喩えが浮かびませんが、それには治療途中の虫歯をそのまま放置されるような……ここまで来たなら最後までいってしまえという、ある種の開き直りのようなものもあったのかもしれません。

 とはいえ、口では他愛のないことのように聞こえますが、初めて私をここまで引きずりだしたのがにこだったのも事実。私は自分でも気付かないうちに、前へ進んでいたというわけです。

 

 そして私はにこに全てを打ち明けました。幼い頃から抱いていた穂乃果への恋心、性別というあまりにも高い壁、私一人だけの太陽でなくなってしまった穂乃果、多少の環境の変化で穂乃果への感謝を抱き続けることができなくなってしまった恩知らずな自分……。

 次から次へとあふれ出る言葉。そのうちに思考よりも言葉が先走り、何度も修正を加えなくてはいけませんでした。そしてその度に話は複雑な方向へと迷い込み、一貫性の欠片もない話が続きました。普段の私からは考えられない、感情的な言葉……にこは、そんな私の告白に黙って耳を傾けていました。相槌を打つこともなく、ただひたすらに私の目を見ながら。私も初めはにこの目を見て話していましたが、そのうちに激しい感情に心が耐えられなくなってしまい、肩を震わせながらぽろぽろと涙をこぼしてしまいました。あまり大きな声を出しては、隣の部屋で寝ているにこの妹たちが起きてしまう……そんな考えが頭をよぎりましたが、湧き上がる感情はそのような理性では到底抑えることができませんでした。

 

 すると突如、私の身体を暖かい感触が包みました。にこが私の身体を抱きしめたのです。にこの身体はとても柔らかく、見た目よりも大きく感じました。にこは何も言わずに私の背中を優しく撫でました。その感触が何故だかとても悲しくて、私はもう話すこともままならず大声を上げて泣きました。にこはその間もずっと、私の背中を悲しく撫で続けました。

 

 

「大丈夫……海未は穂乃果のことを忘れてしまったわけじゃないから」

 

「ただ、時期が来ただけだから」

 

「だから、胸を張っていいんだから」

 

「私が、穂乃果の幼馴染みだって」

 

 

 

「どう? 気は済んだ?」

「はい……すみません。取り乱してしまって」

「いいのよ。泣き足りないってことがないなら」

「いえ、一生分の涙を流したような気がします」

「ふうん」

 

「にこ、もしかして私は妹達を起こしてしまったのではないでしょうか」

「大丈夫よ、みんな寝付きはいいんだから。それに今日は自分のことだけ考えてればいいって言ったでしょ?」

「それは……まだ続いているのですか?」

「もちろん。メンバーの精神を支えるのも、にこにーの仕事の一つなんだから」

「ふふっ……希がμ’sの女神様なら、にこはμ’sのお姉さんですね」

「……女神と比べるとだいぶ見劣りするみたいだけど?」

「いえ、そんなことはありませんよ。一年生の三人がにこを慕うのがわかった気がします」

「あっそ……ま、別に何でもいいけど」

「照れているのですか?」

「はあ!? そんなわけないでしょ!」

「どうしたの、おねえちゃーん」

「わひゃっ!?」

「ここあ!? ごめんね、起きちゃった?」

「あれ、うみさん、おねえちゃんのひざに……」

「み、みみみ見間違いではないですか!?」

「きっと寝ぼけてるニコ! さ、ちゃんと寝ましょうねー」

「うん……」

 

「はあ……びっくりしました」

「悪かったわね、驚かせちゃって。……そろそろ寝る? 明日も学校だし」

「……もうこんな時間なのですね」

「ずっと泣いてたからね」

「……面目ない」

「気にしないでって言ったでしょ? この涙まみれのパジャマもね」

「うう……意地悪ですね」

「冗談よ。さて、海未ちゃんはベッドと布団どっちで寝る?」

「ベッドって……さすがに部屋の主のものを奪うわけにはいきません」

「何回も言わせないでよ。ベッドがいいなら素直に言いなさいよ?」

「……なるほど」

「ん?」

「では、ベッドで」

「はいはい」

「にこと一緒に」

「……はい?」

「抱き合いながら寝ましょう」

「……はあ!?」

「あまり大声を出すとまた妹さん達が起きますよ」

「あ……じゃなくて! なに言ってんのよ!」

「なんだか人恋しくて……自宅であれば抱き枕があるのですが」

「人を抱き枕の代わりにしないでよ!」

「穂乃果やことりなら二つ返事でしてくれますよ」

「あんたたちねえ……」

 

 

 結局にこは私に押されて、ベッドで抱き合いながら寝ることになりました。にこの身体は泣いた私を支えてくれた時よりもいくぶん小さく感じましたが、その暖かさは変わりませんでした。にこは私に抱かれながらしきりに「ノーカンノーカン」とぶつぶつ呟いていましたが、そのうちにすやすやという寝息に変わりました。その寝顔は妹達そっくりで、先ほど私をなだめていた矢澤先輩と同じ人物にはとても見えませんでした。

 

 翌朝、私は矢澤家で誰よりも早く目覚めました。にこがセットしていた目覚まし時計が鳴るよりも早く。

 少し悩みましたが、私は一人で家を出ることにしました。一刻も早く穂乃果に会いたかったのです。私は机の上にノートの切れ端の書置きを残して、誰も起こさないように、静かに矢澤家を去りました。にこには学校で会った時に、改めてお礼を言うことにしましょう。

 

 そして私は、いつもの待ち合わせ場所に向かいました。普段のルートと少し違う道のりは、なんだかとても新鮮でした。よく知っている道なのに、何もかもが新しく、輝いて見えました。

 

 

「海未ちゃん、おはよう」

「おはようございます、ことり」

「……? 海未ちゃん?」

「どうかしましたか?」

「……ううん、なんでもない!」

「ふふ……相変わらずですね」

「うん、海未ちゃんもね!」

 

「おはよう!」

「おはよう、穂乃果ちゃん!」

「海未ちゃんも、おはよっ!」

「……」

「海未ちゃん?」

「聞こえていますよ」

 

 

 穂乃果――私の初恋の人。

 それはあまりにも幼くて、あまりにも身勝手で、あまりにも無垢な恋でした。

 だからこそ、私は穂乃果の傍に居ます。幼馴染みとして……あなたに、ありのままの私の姿を見てもらうために。

 

 

「おはようございます、穂乃果」

 

(RKTY’s 坂上稜線)

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