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ロング・ジャーニー ファー・アウェイ【前】(坂上)

この記事は約5分43秒で読めます

「孤独とは至高の境遇だ。だが、それを分かり合う友人を持つこともまた至高である」

 彼はそれを自分の座右の銘だと言った。昔の文学者の言葉らしい。僕は手に持った飲みかけのビールを一気に飲み干して、自分のこれまでの人生を走馬灯のように反芻した。いつの間にか僕は感極まって涙を流していた。彼は隣に座っている涙目の僕を見て驚いたという。なぜなら、その言葉を彼に教えたのは他でもない、僕自身だったからだ。

「なあ、歌わないか」

 彼は僕にそう言った。僕をなだめるつもりで言ったんだろうが、ちょうど僕も歌いたい気分だった。

 僕らは大きな声で歌った。彼らの中に、僕らの求めている世界は確かにあった。

 

 

 僕と彼はとても親しい友人だった。これは僕の昔話だ。

 

 

 土曜日の朝早く、僕らは福生の駅で待ち合わせた。その町は僕らが小学生だった頃からずっと存在し続けていた。表面的には近代化されていたが、その本質的な田舎っぽさは致命的なまでに拭えていなかった。

「よう」

 有村の服装は普段とほとんど同じだった。洗濯のしすぎでよれた黒いシャツ。色んなところにひっかけすぎて穴が開きまくった掠れた色のジーパン。押入れの奥から引っ張り出してきた、くたびれた大きなリュックサックだけが申し訳程度に主張していた。

「なあ有村、自慢じゃないけど僕はこの日のためにきちんと山に備えた格好をしてきたんだぜ。なのになんでお前は普段着なんだ」

 僕は助手席に乗り込む有村に腹を立てて言った。山に行こうと言い出したのは有村の方だったからだ。

「準備不足なくらいがちょうどいい。人生において、目の前の出来事に準備万端で挑めることなんて滅多にない」

「じゃあ僕にポンコツのマーチなんか運転させるなよ」

「それも準備不足のうちだよ。本当なら4WDの方が山にはいい」

 有村はそう言いながら、リュックサックから文庫本を取り出した。

「俺は本を読むからな、車内のライトはつけといてくれ」

「よせよ、バッテリーがあがっちまう」

 しかし有村に僕の言葉はもう聞こえていなかった。僕は諦めてサイドブレーキを下ろした。

「まったく」

 

 僕はとりあえず高速道路に乗って、遠くまで行ってみることにした。とにかく東京を出ないことには、僕らの求める寂れた田舎の山は無いように思えたからだ。きちんとした目的地もなく走る高速道路はとても新鮮だった。友人から三万円で譲ってもらった中古車にはカーナビも無かったので、僕らの現在地を教えてくれるのはあっという間に通り過ぎる標識だけだった。

 夕方に立ち寄ったサービスエリアで、関東を脱したことを知った。その頃には僕は疲れてへとへとになっていたので、標識すらもまともに確認していなかった。サービスエリアの周りを、夕焼けに照らされた青々しい山々が囲んでいた。

「そろそろ降りるか」

「そうだな」

 その時に久々に有村と会話をした。車内で彼はずっと文庫本を読み続けていたのだ。よく酔わないものだ。

 

 次のインターチェンジで高速道路を降りた。得体の知れない深海魚みたいな名前のインターチェンジだった。ETCなどという高度な機械はこの車には取り付けられていなかったので、有人の料金所を通った。料金所にいた男の係員は眠そうな顔をして手を出した。

「この辺りには、観光地はあるんですか?」

 僕は係員にそう尋ねたが、彼は首を横に振った。

「何もないところですよ。バブルの時に地域を開発する話が持ち上がって以来、時が止まったままなんです」

 彼の言う通り、料金所の先に商業的な光は見当たらなかった。誰も止まらない信号機だけが律儀に動いていた。僕は思わずこんな辺鄙なところで働かされている係員に同情した。

 

 料金所を出てからすぐに街灯がなくなった。マーチのか細いヘッドライトを頼りに田舎道を走っていった。こんなところで事故を起こすわけにはいかないので、いつも以上に慎重に走った。時たま目に入る民家は、みんな揃って大きな田んぼの奥にあった。

「民家には光がある。無人の村ってことはなさそうだ」

 有村は既に文庫本を読み終えていて、窓の外を眺めていた。

「そりゃあな。ホラー映画じゃあるまいし」

「ホラー映画? 何の話だ」

「いや、なんでもない」

 整備されていない道を走っていくうちに、光のない建物がちらほら目に付くようになった。広大な駐車場を構えたパチンコ屋、夢のような装飾のラブホテル、鉄骨がむき出しのまま放棄された宿泊施設……。この町では、まるで何もかもが終わった後のようだった。

「廃墟の楽園だな」

「楽園、か。なんだか不思議な言葉だ」

「見る側面の違いだよ。人間は雨を憂鬱な天気と捉えがちだが、蛙からしてみれば清々しい気候だろう」

「それは違う生き物じゃないか」

「分かりやすく言ったまでだ」

 僕らはそんな話をしながら、大きな観覧車のある場所に向かっていた。

 

 

 彼がいなくなってから少しした後で、彼の付き合っていた女の子と二人で食事をする機会があった。有村の二人目の彼女だ。僕は正直なところあんまり乗り気ではなかったが、断る理由も特に無かった。

 僕と女の子は都心のおしゃれなレストランで夕食を食べた。村上春樹の小説に出てきそうな、おしゃれなお店だ。僕はたまたまスーツを着ていた(その日は個人契約の顧客との商談があったのだ)ので、ドレスコードには引っかからなかった。もし今日仕事が休みだったなら、まず間違いなく私服で来ていただろう。そう考えて幾分ホッとした。

 僕は店に入って、清潔そうなウエイターに女の子の名前を告げた。ウエイターは笑顔を崩さずに、僕を窓際の席へと案内した。女の子はまだ来ていなかった。

 僕は席に着いて女の子が来るのを待つことにした。周りを見てみると、裕福そうなカップルや資産家のような熟年夫婦がほとんどだった。どう考えても僕らが場違いなのだ。喉は渇いていなかったが、何か口に含みたい気分になった。とはいえ、彼女が来る前に飲み物を注文するわけにもいかない。僕は諦めて窓の外の風景を眺めていた。真冬の都会には多くの光があった。ビルの窓、敷き詰められた街灯、クリスマスを告げる装飾、車のヘッドライト……それら全てに、人の影があった。空気が澄んでいるせいで、それらは普段よりもくっきりと見えているような気がした。その風景は否が応にも、僕と彼が通っていた六階にあった喫茶店を思い起こさせた。

 

「遅れてごめんなさい」

 しばらくして女の子がやって来た。女の子は高そうな紺色のドレスを身にまとっていた。僕は腕時計を見たが、彼女は時間通りに到着していた。僕が三十分も早く来ていたのだ。

「もうちょっと早く来れればよかったんだけど、久しぶりに着付けしたら時間がかかっちゃって」

「いいよ、気にしてない」

 彼女はウエイターに料理を持ってくるように頼んだ。育ちがいいのだ。ウエイターは快く返事をして奥の方へ引っ込んだ。彼女は運ばれてきたグラスの水を少しだけ口に含んだ。僕もそれに倣って一口だけ水を飲んだ。

「連絡先を探すの、大変だったわ」

 彼女は最初にそう言った。無理もない。大学を出てからもう四回は引っ越しているのだ。実家の両親ですら、僕が東京にいるということしか知らない。たぶん僕がいつの間にかオーストラリアに引っ越していたとしても、彼らは僕が東京にいると信じ続けているだろう。

「引っ越す時に、誰かに連絡したりしないの?」

「そういう相手は有村だけだったんだ」

 僕がそう言うと、彼女は何も言わずに頷いた。そういう相手が有村しかいないのは、彼女も同じだったからだ。

 

 それだけしゃべってしまうと、僕らの間にはほとんど会話はなくなってしまった。上品な量の上品な味のする料理を上品に食べた。グラスに注がれた白ワインをゆっくりと時間をかけて味わった。最後にデザートのティラミスがテーブルに置かれると、彼女は動物の皮の鞄から一通の白い便箋を取り出して僕の皿の脇に置いた。

「これは?」と僕は聞いた。しかし彼女は微笑んだまま、何も言わなかった。

 

 ティラミスを食べ終わるとコーヒーが運ばれてきた。黒い水。

「今日、あなたを呼んだのは、その手紙を渡すためよ」

 彼女は突然、僕にそう言った。僕は外の景色を眺めていたので、驚いて彼女の方へ振り向いた。

「差出人も、宛名も書いてないみたいだけど」

「わざわざ私が渡したのよ。わかるでしょ?」

 彼女は怒ってはいなかった。ただ淡々と、自分に与えられた仕事をこなしているように見えた。

「わかるよ。聞いてみただけだ」

「不安なのね。自分の人生を信じることができなくて」

「そうかな。これでも結構、人生については考えている方だと思うけど」

「考えているからこそ、よ。多くの人はそれについて疑問を抱くこともないわ。そしてそれが一番の解決法だということも、みんなは知らないのよ」

 僕は手元の白い便箋を見た。その白さは妙に嘘っぽく見えた。

 

 

 

 いつだったか、大学を有村と二人で歩いていた時、同じ学部の女子に「あんたらホモ?」と聞かれたことがある。僕の顔がゲイのように見えるのか、その類のことはこれまでもたまに言われたことがある(もちろん有村と出会う前の話だ)。

「何か期待しているみたいだけど、僕らは至ってノーマルだよ」

 男の友情というのは得てしてそういう風に見えてしまうものだ。「友情はセックスの無い恋愛」という言葉もある。

 

(RKTY’s 坂上稜線)

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絵描き: 雪松
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